Ep. 1 運命を動かす手紙

「なっ……なにぃぃいっ!!?」


ある日の朝。

テオドール兄様の大絶叫が、平和なエレドーラの城を震撼しんかんさせた。

手紙を握りしめたお兄様の手が、ワナワナと小刻みに震えている。


「一体、なんの冗談だ! 僕の大事なライラを、嫁によこせなどと!」


どうやら私に、縁談の話が来たらしい。

私は兄の手からくしゃくしゃになった手紙をひったくり、さっと目を通した。


「なるほど。お相手は、ヴァルトリア帝国のレオニス皇子と書かれていますね」


「ライラ! なぜそんなに落ち着いていられるのだ!?」


ふむ。

声を大にしては言えないけれど、ヴァルトリアと言えば泣く子も黙る超大国。


そして、超大国といえば──世界の美食が集まる場所!!


帝国おかかえシェフによる豪華絢爛なフルコース!

最高級の食材がよりどりみどり!

そして何より! 皇室御用達の限定スイーツ食べ放題(の可能性大)!!


私の脳内スーパーコンピューターが、「とつぐメリット=無限大♾️」という答えを弾き出したのだ。


「仕方ありません。私、ちょっくら嫁いで参ります」


(さようなら、お兄様。私は帝国スイーツを選びます!)


そうと決まれば、善は急げ!

さっさと荷物をまとめなくては。もちろん、おやつを入れるスペースもしっかり確保しよう。


「いやいや…早まるな、ライラ! お前、レオニス皇子の噂は知っているのか?」


お兄様が私の肩をガシッと掴んで引き留める。


「噂、ですか?」


「ああそうだ。たしかに、顔だけは僕とどっこいどっこいのだとは言われているが……」


「…………」


(さらっと自分の顔面偏差値を上げましたね、この兄は)


「それ以外は、ろくでもない噂ばかりだ!

魔力を持たないどころか、喜怒哀楽の感情すべてが欠落しているらしい。

恐ろしいほど冷酷で、無慈悲だからなどと呼ばれているのだぞ!?

まるで、僕の性格を悪くした劣化版みたいな男だ! お前はそんな男に嫁ぎたいと言うのか!?」


(……なぜたびたび自分と比べるのでしょう? 比較対象として適切なのでしょうか?)


お兄様は涙目で訴えかける。


「とにかく、そんな冷たい男にお前を渡すものか! 戦争だ、国を挙げて戦うぞ!」


「落ち着いてくださいお兄様。

ヴァルトリアといえば、相当な超大国です。そんな国からの縁談話をお断りして、ただで済むとは思えませんが」


「くっ……! それは……そうだが……」


「大丈夫です! 私はこの国のために(そしてスイーツ食べ放題のために)、謹んでお受けするつもりですから」


(噂なんて知ったこっちゃありません!

たとえ相手が氷だろうが岩だろうが、私には皇室御用達スイーツという希望の光が見えているのですから!!)


「ご心配なさらず!」


私が力強くサムズアップすると、お兄様は「ライラぁぁぁ!」と崩れ落ちた。


──このときの私は、まだ何も知らなかった。

この政略結婚の裏に潜む“秘密”を。


それが、私の食い意地なんかよりも遥か彼方を行く、とんでもない理由だなどとは──露ほども思っていなかった。

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