Ep. 33 新たな学び

あの波乱のお茶会から一夜が明けた朝。

なんとか無事に終えたものの、感傷に浸る間もなく、カインさんを通じて一通の知らせが届いた。


『書斎にてお待ちしております。──ガートルード』


(実技試験の結果発表ね……)

意を決して、妃教育の書斎へ向かった。



「失礼いたします」

扉を開けると、ガートルード夫人はいつも通り、背筋をぴんと伸ばして椅子に腰掛けていた。

整った横顔からは、感情の一片も読み取れない。


「ライラ妃殿下。昨日のお茶会、ご苦労様でした」

静かな声が、張り詰めた空気を微かに震わせる。


「まずは、結果から申し上げます。招待した令嬢方は皆、口を揃えて“素晴らしいお茶会だった”と称えておりました。温室という場を選ばれたこと、そして異国の菓子とお茶でのおもてなし――その発想は見事でしたわ」


「……ありがとうございます」

思いがけない賛辞に、私はほっと息をついた。


「ですが――」

夫人の視線が鋭く光る。


「一つ、申し上げておきたいこともございます。帝国には、大陸一と謳われるパティシエがおります。それを差し置いて、皇子妃殿下ともあろうお方が、自ら厨房に立たれるというのは、いかがなものかと」


その声は厳しいだけでなく、夫人の揺るぎない信念を帯びていた。


「伝統と格式を重んじるこの国で、妃殿下の行動は軽率だったと、言わざるを得ませんわ」


ガートルード夫人の言葉は正論だった。

彼女は長く帝国を支えてきた“秩序”そのものの人。


「……申し訳ありません」

私は小さく息を整え、顔を上げる。


「どうしても皆さまに私の真心をお伝えしたく…考えた末、自ら厨房に立つ以外の方法は思い浮かびませんでした」


「妃殿下の意図は理解しました。では次に、このお茶会を通して、新たに学んだことをお聞かせいただけますか?」


「はい、夫人。昨日のお茶会で改めて感じたことは──お茶やお菓子を皆で囲む時間は、ただの宴ではなく、女性たちのささいな言葉や仕草から、国の情勢を知る重要な手掛かりにもなる。そう学びました」


夫人は静かに頷き、満足げに目を細める。

やがて、夫人はふぅと小さく息を吐き、口元にわずかな笑みを浮かべた。

静かに立ち上がると、私に向かって深く、美しく一礼する。


「ライラ妃殿下、実技試験は合格です。これをもって、私からの后妃教育は終了といたします」


「……!」

胸の奥が熱くなり、視界が滲む。


「ですが、妃殿下」

夫人は窓辺へ歩み、遠くに広がる帝都の景色を見つめながら言った。


「私の授業が終わっても、妃殿下の学びに終わりはございません。

皇子妃として、そしていずれは后妃として立つ限り、一生、学び続ける姿勢を忘れぬよう。

情勢は常に移ろい、新たな試練はいつでも貴女の前に現れるでしょう」


「はい、夫人。肝に銘じます」

私はこれまでにないほど深く、心を込めて礼をし、静かに部屋を後にしようとした。


その瞬間──


「妃殿下。お待ちください」


振り返ると、ガートルード夫人は少しだけ気まずそうに視線を逸らした。


「……先ほどの苦言は、あくまで立場上の建前です」

「え?」

「ここからは、一人の好奇心旺盛な人間としての本音です」

夫人はこほん、と咳払いし、真剣な表情で続けた。


「わたくしも、その…“苺大福”とやらをいただいてみたいのです。

令嬢方があまりにも口を揃えて美味しいとおっしゃるものですから」


ぽかんと呆ける私。

そして、数秒後──こみ上げた嬉しさが笑みに変わる。


「はい! 喜んで!」


書斎を出たとき、私の心は春の陽だまりのように温かかった。


ガートルード夫人の最後の言葉と、思いがけない一面を胸に――

ヴァルトリア帝国の皇子妃として、確かな一歩を踏み出したのだった。

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