第二十六話:『世界の真実(シナリオ)』
100階層。
光だけで構成された、世界の「理」そのもの。
【原書の聖魔】。
俺、アレンは、全ての武装を「リセット」され、丸腰のまま、その光の巨人の前に立っていた。
背後で、俺の師であるエルミナが、霊体であるにもかかわらず、恐怖に震えているのが気配で分かった。
「……アレン君! 止めたまえ! それに触れては……!」
彼女の悲鳴に近い制止が、この純白の聖堂に響く。
「あれは『システム』そのものだ! 君という『バグ』が触れれば、今度こそ、君の魂ごと『修正』――消去されるぞ!」
だが、俺は、止まらなかった。
倒せないのなら。
戦う相手ではないのなら。
知るしかなかった。
こいつが、何なのか。
この世界が、何なのか。
俺が、リナが、ガイウスが、ザグラムが、一体、何のために存在し、苦しみ、死んでいったのか。
その「答え」を。
俺は、ゆっくりと、震える右手を持ち上げた。
そして、目の前にそびえ立つ、光の巨人の「胸」に――その、世界の理そのものへと、そっと、触れた。
冷たくも、熱くも、なかった。
何の感触も、ない。
俺の手は、物理法則を無視して、光の中へと、静かに沈んでいった。
その、瞬間。
「―――ッッ」
時が、止まった。
エルミナの声も、俺の鼓動も、何もかもが消え失せた。
代わりに、俺の脳内に、俺の魂そのものに、凄まじい「情報」の奔流が、叩きつけられた。
それは、声ではなかった。
映像でもない。
「真実」そのものが、俺の存在を上書きしていく。
【世界:管理コード "XX-7"】
【ステータス:不安定(イレギュラー発生)】
【シナリオ:『聖女の試練』 進行中(致命的エラーにより停止)】
「……シナリオ……?」
俺の思考が、その言葉を反芻する。
次の瞬間、俺は「見た」。
この世界が、神々によって作られた、一つの壮大な「物語」であることを。
俺の脳裏に、「配役表」が、強制的にダウンロードされていく。
【役割:主人公】
【名称:リナ】
【設定:強大な聖力を持つ『器』。過酷な『試練』(聖力枯渇)を経て覚醒し、魔王軍との最終決戦において、世界を救済する『鍵』となる】
「……リナが……主人公……」
「試練……? あの、彼女の苦しみが……『設定』だと……?」
【役割:障害(序盤)】
【名称:ガイウス】
【設定:『主人公』の覚醒を促すための、最初の『障害』。傲慢な性格設定により、『主人公』(あるいは、その協力者)との軋轢を生み出す。役割終了後、速やかに『退場』する運命】
「……ガイウス……」
あいつの傲慢さも、俺への追放も。
あいつの、あの惨めな最期さえも。
すべて、最初から、「退場」することが、決まっていた……?
【役割:敵役A(中ボス)】
【名称:ザグラム】
【設定:『主人公』の前に立ちはだかる、中盤の『敵役』。物語に『緊張』と『推進力』を与えるため、冷酷な性格と、『古代魔術の探求』という動機が設定されている】
「……ザグラム……」
俺の、憎しみの全て。
あいつの、あの歪んだ庭も、魔族の支配も。
すべて、物語を盛り上げるための、「設定」……?
ならば。
ならば、俺は。
リナを愛し、ガイウスに後悔し、ザグラムに復讐を誓った、俺は。
俺の「配役」が、表示された。
【役割:登場人物A(モブキャラクター)】
【名称:アレン】
【設定:『主人公』の活動拠点(王都)に配置される、『背景』の一部。固有スキル【庭園管理】を持つが、物語の進行に、一切、関与しない】
「…………」
息が、できなかった。
モブキャラクター。
背景。
関与しない。
俺の脳は、この「真実」の奔流の中で、恐るべき「結論」へと、たどり着いてしまった。
(……全部、決まってたのか)
(リナが苦しむのも、ガイウスが落ちぶれるのも、ザグラムが悪であるのも……全部、そういう『話』だったのか)
(じゃあ、俺の復讐は……俺の、この憎しみは……なんだったんだ。無意味か? 道化か?)
違う。
(……違う……!)
恐怖が、憎悪を上回る、本当の「絶望」が、俺の背筋を凍らせた。
(俺だ)
(俺の、せいだ)
俺は、「背景」のはずだった。
物語に関与しない、「モブ」だった。
それなのに。
俺は、関与してしまった。
「主人公」であるリナと出会い、あろうことか、彼女に安らぎを与え、彼女の「試練」(聖力枯渇)を、俺の聖樹のお茶で、癒してしまった。
俺の存在が、「主人公」が覚醒するための「シナリオ」を、破壊した。
「障害」であるガイウスは、俺という「イレギュラー」を排除したことで、シナリオ通り「退場」した。
だが、その結果、「敵役」であるザグラムが、俺という「新たなイレギュラー(聖魔樹の使い手)」を発見してしまった。
シナリオが、壊れた。
俺のせいで。
ザグラムの行動は、もはや「敵役A」の範疇を超えた。
「主人公」が機能不全に陥ったことで、彼は、俺の農園のデータを持ち帰り、あの「歪んだ庭」を完成させた。
すべて、俺という「バグ」が、発生させた、「エラー」だ。
そして、リナは。
「主人公」であるリナは。
シナリオでは、あそこで死ぬはずではなかった。
だが、俺という「モブ」が、彼女の運命に干渉しすぎた。
彼女は、俺を庇い、シナリオにはない「死」を迎えた。
(……俺が、殺した)
俺の頭の中で、声が響く。
(俺が、リナを殺した)
(俺が、ガイウスを、無駄死にさせた)
(俺が、ザグラムを、あの化け物に変えた)
俺が、ただの「背景」として、リナに関わらず、あのまま、どこかの荒れ地で、ひっそりと「庭師」として生きていれば。
リナは、別の形で苦しみ、別の形で覚醒し、今も、生きて、世界を救うために戦っていたかもしれない。
「……あ……」
「……ああ……」
「ああああああああああああああああああああああああああああっっ!!」
俺は、光の巨人の中で、絶叫した。
復讐の相手など、いなかった。
ザグラムも、ガイウスも、ただの「役割」だ。
本当の「敵」は、この「シナリオ」そのもの。
そして、その「シナリオ」を、俺の、愚かで、浅はかな「善意」と「存在」そのもので、破壊し尽くした。
俺こそが、この悲劇の、元凶だった。
「……アレン君!?」
俺の意識が、100階層の「現実」へと引き戻される。
俺は、光の巨人から手を引き抜き、その場に、両膝から崩れ落ちていた。
【炎牙の槍】も、鎧も、すべて失った、丸腰のまま。
「アレン君! しっかりしろ! 君の魂が……!」
エルミナが、俺の周りを、狼狽しながら飛び回っている。
「君の憎悪の炎が……消えている! それどころか、君の『核』そのものが、内側から、崩壊しようとしている……! 何を見たんだ!?」
俺は、彼女の声に、答えることができなかった。
ザグラムへの憎しみは、消えた。
ガイウスへの後悔も、消えた。
何もかもが、どうでもよくなった。
俺の、この二本の腕が、リナを殺したのだ。
この、俺の存在そのものが、世界を狂わせたのだ。
「……は……はは……」
乾いた笑いだけが、漏れた。
「……そうか……俺が、『バグ』だったのか……」
俺は、生きる意味を、復讐という「原動力」のすべてを、失った。
純白の聖堂で、俺は、ただ、うなだれた。
光の巨人【原書の聖魔】は、俺という「エラー」を認識しながらも、攻撃もせず、ただ、静かに、俺が「自己崩壊」していくのを、見つめているだけだった。
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