第二十七話:『壊れた歯車』


100階層、純白の聖堂。

俺、アレンは、知りたくもなかった「世界の真実」を突きつけられ、その場に崩れ落ちていた。


俺が、リナを殺した。

俺が、ガイウスを無駄死にさせた。

俺が、ザグラムをあの化け物にした。

俺という、物語に関与すべきではなかった「バグ」が、すべてを狂わせた。


復讐の相手など、いなかった。

あるのは、取り返しのつかない「結果」と、俺自身の「存在」という、万死に値する「罪」だけ。

憎悪の炎は消え、虚無が心を埋め尽くす。

生きる意味を失った俺の魂は、この世界の「理」に修正されるべく、内側から、自己崩壊を始めていた。


「……アレン君!?」


俺の隣で、エルミナの霊体が、これまでにないほど狼狽していた。

彼女は、俺の魂の光が、急速に消えかけているのを、正確に感じ取っていた。


「アレン君! しっかりしろ! 君の魂が……!」

彼女の悲鳴のような声は、もはや俺の耳には届かない。

もう、どうでもよかった。

消えてしまおう。

俺という「バグ」が消えれば、これ以上、世界が狂うこともない。

それが、俺にできる、唯一の「償い」だ。


俺の意識が、永遠の「無」に沈み込もうとした、その瞬間。


ビィンッ!!!!


まるで、鼓膜を直接叩かれたような、鋭い「衝撃」。

それは、エルミナが、彼女の霊体の全存在を賭けて放った、「魂への叱咤」だった。


「―――目を覚ませ、アレンッ!!」


いつもの回りくどい口調ではない。

一万年の憎悪を叩きつけるような、凄まじい「激情」だった。


「その考えこそ、神々のシナリオ通りだ! そして何より、自分勝手だと、なぜ気づかない!」


俺の脳内に、彼女の声が直接響き渡る。


「君は、自分が『モブ』だったから、悲劇が起きたと、そう言って感傷に浸っているのか!? リナという女性が、可哀想な『主人公』だったと、そう思って嘆いているのか!?」

「違うだろうッ!!」


エルミナの霊体が、俺の目の前で、怒りに青白く発光していた。


「彼女は! リナは! 『主人公』という役割を与えられながら、最後は、その『役割』を捨てて、君という『モブ』を守って死んだんだ!」

「彼女は、神々の『シナリオ』に抗ったんだ! 己の『意志』で、君という存在を、選んだんだ!!」


(……リナが……俺を……選んだ……?)


「そうだ! ガイウスという男もそうだ! シナリオでは、ただ『退場』するだけの『障害』だったのかもしれない! だが、彼は、最後に、シナリオにはない『子供を守る』という『意志』を見せて死んだ!」

「それを!」


エルミナの半透明の顔が、俺の鼻先が触れるほどの距離まで近づく。

その瞳は、怒りと、そして、俺を失うことへの、焦燥に濡れていた。


「それを、君が! 『俺のせいだった』と勝手に自己完結して、シナリオ通りに『自己崩壊』して、ここで消えることが!」

「彼女(リナ)の、最後の『意志』に対する、最大の『侮辱』だと、なぜ分からない!」


彼女の言葉が、俺の「罪」とは別の場所に、突き刺さった。


「…………」


「……それに」

エルミナは、激昂していた自分を、無理やり押さえ込むように、ふう、と息を漏らした。

そして、いつもの「回りくどい」調子を、必死で取り繕うかのように、続けた。


「君が、ここで消えたら、私はどうなる? せっかく、一万年ぶりに見つけたのだよ? この退屈な牢獄で、私の心をこれほどまでに揺さぶり、楽しませてくれる、最高に歪で、愛おしい『玩具(イレギュラー)』を」


彼女は、俺の頬に、半透明の指先を這わせた。

触れられないはずの、その指先から、彼女の強烈な「執着」が、伝わってくるようだった。


「……私を、また、あの永遠の『退屈』に戻すつもりか? この私を、地上へ連れて行くと、約束しただろう?」

「それこそ、自分勝手だとは思わないかね? ……アレン君」


彼女の言葉が、俺の崩壊しかけた魂の「核」に、触れた。


そうだ。

リナは、「役割」を捨てて、俺を庇って死んだ。

彼女は、俺に「生きて」と、その「意志」を託した。

エルミナも、「役割」を呪い、俺という「イレギュラー」に、一万年の「意志」を託した。


俺は、何だ?

「シナリオ」のせいにして、逃げるのか?

リナの「意志」も、エルミナの「意志」も、すべて踏みにじって、俺は、ここで「バグ」として、消えるのか?


「……うるさい」

俺の口から、かすれた声が漏れた。


「……フフ……」

エルミナが、俺の魂の光が、消滅の淵から、再び「燃え始めた」のに気づき、安堵の笑みを漏らした。


俺は、純白の床に、両手をついた。

もう、震えてはいない。

憎悪ではない。

虚無でもない。

もっと、重く、確かな「何か」。


「……そうか」

俺は、顔を上げた。

「俺は、『モブ』だった。だが、リナと出会い、ガイウスを憎み、あんたと出会い……俺は、もう、『モブ』じゃなくなった」

「俺は、『イレギュラー』……壊れた『歯車』だ」


俺は、ゆっくりと立ち上がった。

丸腰のまま。

だが、俺の瞳には、ザグラムへの復讐心とも違う、冷たく、静かな「炎」が灯っていた。


「……シナリオが、なんだ」

「俺は、俺の意志でここに来た」

「リナが遺した、この命で。あんたが繋いだ、この憎悪で」

「俺は、俺のやりたいことをやる」


俺は、再び、光の巨人【原書の聖魔】へと向き直った。

「俺は、地上へ帰る。そして、あの歪んだ庭を、ザグラムを、俺の手で、止める。それが、リナへの『償い』であり、俺の『意志』だ」


俺の、自己崩壊が、完全に停止した。

俺は、もはや「バグ」ではない。

神々の「シナリオ」から逸脱した、新たな「存在」として、この世界の「理」の前に、再び立った。


その、瞬間。


【…………】


それまで、俺という「エラー」が消滅するのを、ただ「待って」いただけの、光の巨人。

【原書の聖魔】が、初めて、動いた。


その、表情のないはずの「顔」が、ゆっくりと、俺へと向けられる。

世界が、震えた。

「修正」対象だった「バグ」が、「意志」を持って、システムの前に立ちふさがった。

原書の聖魔は、俺を、もはや「エラー」ではなく、「敵性存在(イレギュラー)」として、明確に「認識」した。

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