第3話 告白
これから、どうしたらよいだろう。結局トネさんをなんとかしないといけないという話だから、トネさんを説得するべきなのか、それとも。
「コシロサマが仲介しているんだったら、コシロサマをトネさんの部屋から移して供養してもらえばいいのでは」
「それも一つの方法ですね」
小野瀬さんの言い方には、どこか含みがあった。
「それだけじゃだめってことですか?」
「トネさんの気持ちを解決しなければいけないと思っています。トネさんはコシロサマを亜沙美さんの形見のように扱っていて、特別な思い入れのあるものでしょう。だからこそ、念がこもって呪いに至ろうとしているのでしょうから。コシロサマを引き離すのは、一つの対処方法として有効だとは思います。
それに放っておくと、コシロサマ自体がもっとまずいものに変質する可能性もありますからね。
でも、根本としてはトネさんの気持ちが解決しないと、別のものを媒介に亜沙美さんの霊を動かすかもしれないし、何ならコシロサマの代わりはトネさんの手作りでも作ってしまえかもしれない。トネさんの才能次第ですが。だから、トネさんともう一回話をしたい」
「ちょっと待ってくれ。2人に聞いてほしいことがある」
米村さんが唐突に声を上げると、リュックを漁り出す。
「うーん。どのタイミングで言うか迷ってたんだけど、今だよなあ、やっぱり」
そういって米村さんがリュックから取り出したのは……
コシロサマだった。
「は……」と間の抜けた声を発し、たぶん、わたしは、しばし口を開きっぱなしにしていたと思う。
「ははは、こりゃ参った。予想外なことをするね、君は」
「どうしたんですか、それ」
「とってきた」
「とってきたって、盗んだんですか。トネさんから」
「ああ、ピッキングしてな。しょうがねえよ。命の方が大事だ。連休が何日あると思ってる。5日も連続で出たら対策も考えるさ。連休前の時点でも、コシロサマが怪しいって、あんたらが言ってたから」
「いや、だめでしょう。捕まりますよ。トネさんが警察呼ぶかも。叔父さん、監視カメラ撮ってるんですよね」
「そうだね。撮れてると思うよ。カメラ一回電源いれてからそのままだし。もし警察に聞かれたら提出するかも」
「一応、顔は隠してたから俺だってわかんないだろ。これを寺とかで供養してもらえないかと思って持ってきたんだ。あそこの坂の上の寺とかさ」
「褒められたものではありませんね。トネさんに返すべきですよ」
「ですよね。これ、トネさんが大切にしてたものですよ」
「まてまて。そりゃないだろ。これで祥子ちゃんのことも解決できるかもしれないんだぜ。俺のおかげで」
「どう考えてもまずいですよ。それ持ってて大丈夫なんですか」
「それを爺さんに相談したかったんだよな」
ふう、ため息をついてから間を置く米村さん。いつになく真剣な表情、かも。
「連休明けまで待ってられないし、これを盗ってくるって言ったら絶対反対しただろ。だから勝手に動いた。ただ燃やしたり捨てたりはリスクがありそうじゃん、本気で呪われそうで。それで神社とかお寺に供養をお願いしようとしたんだよね」
「そこで私に相談してくれればよかったんだがな」と、小野瀬さん。ほんとその通りだ。
「あんたに借りをつくりたくなかったんだよ。で、近くの寺に持って行ったら、住職が『とりあえず供養してみますよ』って言うから、預けたんだよ。でも、その日の夜中に、おれの机の上にいたんだよね、こいつ。朝に住職に電話したら、おれがやっぱりやめたって言って、取りに戻ってきたって言うんだぜ。絶対そんなことしてないんだよ。それで、こりゃまずいなあと思ってな。次は車で赤沼公園まで行ったわけ」
「まさか、沼に捨てようとした、とか」
「ああ、というか捨てたつもりだったんだけど、次の瞬間に、おれが沼の中に飛び込んでたんだよ。まじで死ぬかと思った。それで、しょうがないから箱に入れて押し入れにしまって寝たんだけど、夜中にこいつが枕元にいるわけよ。で、顔が、この目も鼻もないような顔がさ、だんだん女の顔が浮かんでくるんだよ。小さい顔が、はっきりと」
「そうだよ。いる。
――顔、見えるよ」
ぞわっと冷たい空気が広がった気がした。ずっと黙って絵を描いていた尚くんが、コシロサマを凝視して言ったのだ。
「まじか」と、米村さん。
「こんな感じだよ」と言って、スケッチブックに何かを描き出す。コシロサマののっぺらぼうな顔に、薄く目鼻口が浮かび上がる。
「おいおい。それだよ。そんな感じ。お前、本物なんだな」
「米村さん、これ呪いのアイテムって自分で言ってたじゃないですか。それを自分のところに引き入れてどうするんですか」
「だよなあ」と言いながら、笑みが浮かんでいる。
「もしかして、楽しんでますか」
「楽しんでるわけじゃないんだけど。興奮してるっていうか。おれ、オカルトとか好きなんだけど、実際に体験したことはなかったから。これ、トネさんに返すしかないのかな。燃やしたりしたら危ないよな。小野瀬さんはどう思う」
「燃やそうとして、果たして燃やせるかどうか。沼に自分が飛び込んでいたということは、今度は燃やそうとして自分に火を放ってたなんてことになりかねないわけです。複数人で見張っていれば大丈夫かもしれませんが。お焚き上げしたいですが、それはあくまで最終手段で。コシロサマよりも、問題の根本はやはりトネさんなんですよ。だから、これから、みんなでトネさんの部屋に説得に行ってみませんか」
「はい。わたしもそうしたいです」
「ああ、おれも反対はしないんだけどさ、一つだけいいか」
「なんでしょうか」
「爺さんは青田村に行って資料にあたっただけなんだろ。トネさんの実家にも行ってみなくていいのか。なんていうか、その家のコシロサマの由来や祀り方をちゃんと調べたほうがいいんじゃないのかよ。
太助と蛇が身投げした青沼だって見に行きたい。あの土地がどういう場所なのか、実際に足を運べばわかることがあるだろ。トネさんの個人の問題じゃなくて、もっと“根っこ”の部分にさ、代々の因縁や怨みが絡んでいて、今に繋がっている可能性だってあるよな」
「やめときなさい。そういう背景があるとわかれば十分なんだ。歴史に興味あるならまだしも、祟りなんてものをあえて調べに行くのは、自殺行為だぞ。必要がなければ触れちゃいかんものもあるのさ。
おれが受けたのは、あくまでも氷川さんの問題の解決だ。トネさんまでが限界だよ。その上流のことは、別の話だ。この件とは切り離して考えておかんとならん。
――それに、つなげようとしたら本当につながってしまうこともあるんだよ。もし踏み込みたいなら、勝手にすればいいが、おれや氷川さんを巻き込むなよ」
真剣な小野瀬さんの言葉に、米村さんは、ちょっと下を見てから顔を上げ、はっきりと答えた。
「わかった。納得した。行こうよ、トネさんのところ」
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