第30章 いつかわかる時<佐伯 比未子>
部屋の窓から差し込む光は、
まだ冬の冷たさを残していた。
カーテン越しに見える朝日は、
どこか遠くの世界のものみたいに感じる。
テーブルの上には、いつきのマグカップ。
コーヒーの跡が乾いて、淡い円を描いていた。
その向こうにはギターケース。
あんなにハードなライブを終えても、
彼はもう次の事を考えている。
(すごいなぁ……)
そう思うのは、いつものことだった。
彼の生き方は、まるで太陽みたいだった。
自分を燃やしながら、周りを照らす。
だけど――近づきすぎると、熱で焦げてしまう。
「…わたし、何してるんだろ」
声に出した瞬間、胸の奥が少し痛んだ。
最近、彼のそばにいても、
“自分が必要とされている”感じが
だんだんしなくなっていた。
彼は常に誰かのために生きようとしてる。
でもその“誰か”の中に、
わたしの名前は入っていない気がしてしまう。
本当はそうじゃないことはわかってる。
でも…そう思ってしまう。
***
数日前、アツシさんと
久しぶりにバイトが一緒だった。
カフェ“Clover”の片隅。
夕方の光が窓から斜めに差していて、
彼はいつものように無駄なく動いている。
お客さんがいなくなって
一息つくタイミングで
わたしは水とチョコレートを
片手に休憩していた。
休憩室にアツシさんが入ってくる。
「お疲れ様。比未子さんが
入ってから客足が増えた気がするよ」
「え? そんなことないですよ」
「いや、ほんとに。
もうすっかり看板娘になったね」
思わず笑ってごまかした。
彼はいつもわたしが欲しい言葉をくれる。
そういう人だ。
「最近、緋山とは?」
「うーん……正直、わかりません…
彼にとってわたしは必要なのかなって
思うことがあって」
アツシさんは少しだけ微笑んだ。
その笑顔はどこか、寂しそうでもあった。
「そんなことはないさ。
あいつには比未子さんがいないと」
「いつきはいつも全力で前に進んでます。
でも…もしかしたら彼はわたしには
眩しすぎるのかもしれません」
それを聞いてアツシさんは
手に持っていたコーヒーを飲み干す。
そして大きなため息をついた。
「緋山は自分で光を放つ才能を
持って生まれた人間だって思ってる」
「でも世の中のほとんどの人間はさ、僕みたいに
自分じゃ光を放つことが出来ない人間なんだよ」
わたしは言葉を失った。
その一言が、まるで心の奥に
静かに沈んでいくようだった。
(アツシさん…きっと本当は
寂しいんだ…孤独なんだ…)
そして同時に思ってしまった。
――この人には、誰かが必要だ。
そして、その“誰か”が
自分でなきゃならないんじゃないかと。
***
帰り道、空には細い月が出ていた。
白く滲むその輪郭を見上げながら、
わたしは立ち止まってしまった。
(太陽はいつもまぶしくて、手が届かない。
でも月は綺麗…ずっと見ていられる。)
吐く息が白く消える。
夜気が静かに肌を撫でていった。
――向かってはいけない方向だった。
でも、一度光った“気付き”はもう消せない。
わたしはスマホを開き、
保存された写真の中から一枚を見つめた。
仙台の夜、みんなで撮った集合写真。
中央で笑ういつきの隣に、
静かに立つアツシさんの横顔。
その微笑みが、なぜかずっと離れなかった。
(わたし、間違えてたのかな…)
夜の街灯の光が、
カーテンの隙間から部屋に差し込んでいた。
まるで、月の光みたいに。
そして唐突に、親友だったゆうみの言葉が
脳内に反響する。
「でも
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