第27章 ひび割れた何か<佐伯 比未子>
ライブ翌日の深夜。
帰りのハイエースの中は、
エンジンの低音だけが響いていた。
ケンくんがハンドルを握り、
唯さんは助手席で外を見ている。
いつきとヒカルさんはすでに疲れ果てたのか
後部座席で眠り込んでいた。
わたしはブランケットを膝にかけ、
ぼんやりと窓の外を眺めていた。
雪が舞うたび、街灯の光が滲んで見える。
そんなわたしに、
隣のアツシさんが小さく声をかけてくれた。
「……眠れない?」
「うん。なんか、目が冴えちゃって」
「ライブ、どうだった?」
「いつもだけど…
わたし、泣きそうになりました」
アツシさんの声は
いつもより少し寂しそうに聞こえた。
わたしは小声で続けた。
「やっぱり…いつきってすごいですね。
わたし、今のあの人に何が出来るんだろう」
「……確かにね。バンドを始めて
あいつのすごさが僕もわかってきた気がする」
普段あまりいつきを褒めないアツシさん。
そんな彼がここまで素直に認めるのが
少し意外だった。
「“あいつがいるだけで安心する”って
多分みんな思ってるんだな」
「そうですね。
不器用過ぎるのが玉に瑕ですけど。
でも人に必要な温かさがあります」
「だからあいつは太陽みたい…ってことだよね」
「…え?」
「ねえ、比未子さん。
人間は太陽がなくっちゃ生きられない」
「…」
「じゃあ…月ってさ、人間にとって必要なのかな?」
唐突な質問に、わたしは言葉を失った。
なぜなら、その言葉の意味を
すぐに理解できたから。
「…月、ですか?」
「僕はあいつが羨ましい」
「アツシさんだってバンドの大事な部分を
支える役割を果たしてるじゃないですか」
「でも僕は…いつもあいつの光を反射するだけ。
あいつがいて初めて光を得られるんだ」
「そんなことないです。アツシさんの
光がなければ生きていけない人だっています」
わたしがそう言った瞬間、
アツシさんが見せた表情は――
今まで見たことのないものだった。
「…僕は誰かの太陽になれるんだろうか」
その言葉に、わたしは目を伏せたまま、
手の中の毛布をぎゅっと握った。
「…アツシさん、そんなに焦らないで。
きっと大切にするべき人は現れます」
「そうだね…何を焦ってるんだろう、僕は」
わたしはその言葉に何も返せなかった。
彼の苦しみが、痛いほど
理解できてしまったから。
沈黙が落ちた車内に、
タイヤが雪を踏みしめる音だけが響いていた。
そしてその静寂の中で、
わたしは自分の胸の奥に、
小さな“迷い”の音を感じた。
それはまだ誰にも聞こえないほど
微かな音だった。
でも確かに――
何かが、静かにひび割れはじめていた。
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