第25章 異変と幕開け<緋山 いつき>

リハ後の控室。



俺はペットボトルの水を飲み干し

深く息を吐いた。

どうも東北の冷たい空気で

喉をやられたらしい。


「どうしたの?」


比未子がタオルを差し出して俺の顔を覗き込む。


「いや、何でもない。

 冷えた空気に喉がビックリしちまったんだ」


「風邪とかじゃないよね?大丈夫?」


「…ああ、問題ないさ」


比未子は小さく笑って頷いた。


「いつきがそう言うならきっと大丈夫だね。

 きっとこの仙台でもお日様みたいな

 ライブをしてくれるってわたし信じてる」



その瞬間、比未子の瞳の奥に、

“もうひとつ”の光が

宿っていた気がした。


それが見えた瞬間、心に何かが走った。




***




夜。

照明が落ち、フロアに人が集まり始める。

「divisioner × RED SUNS」仙台特別公演。

今回はdevisionerが先に出演する形だ。


ステージ袖で吹雪さんは弦を押さえながら、

自分の指先を見つめていた。


前回のライブではもっと気軽に弾いていたのに

今回の遠征は彼女に取っても何か特別なものが

あるのかもしれない。


devisionerの本番前、

唯が吹雪さんにウインクする。


「吹雪、今日はいつもより気合い入れるで!」


「もっちろん!

 RED SUNSのみんなも応援よろしくねん!」


そして幕が上がる。

観客の歓声と同時に、

吹雪さんのベースが会場の底を震わせた。


その音は生きていた。

いや、生きようとする音にも聞こえた気がする。

舞台袖から見ていた俺は思わず拳を握った。


(…これが、devisionerの音か)


その瞬間、

比未子が小さく呟いた。


「ねえいつき、

 人って音楽で救われる事…あるんだね」


「ああ、きっとほとんどのやつが

 誰かを救いたくて音を発してるんだ」


俺はそう言って頷いた。


吹雪さんの音は、

確かに“生きた心”を宿していた。

その残響が、誰の心にも

白い息のように滲んでいった。

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