第24章 ハレーション<夢河 吹雪>

マイクロバスが仙台駅東口の

ライブハウス前に着いたのは、

午前9時を少し回った頃だった。




空はどんより曇り、

街全体が白く沈んで見える。




冷たい風が顔に刺さるたび、

東京とは違う“冬の匂い”を感じた。




「着いたでー!無事到着や!」



唯が両手を広げて叫ぶ。




「お前運転してねえじゃん」





そんな唯にヒカルくんが

突っ込みながら車を降りる。





「帰ってきたんだ…久しぶりの仙台。」





比未子ちゃんは白い息を吐きながら

感慨深そうに言った。





そうだ、この子も仙台出身の子だったんだ。






「うわー!さっみぃ…

 なんか鼻の奥が凍りそうだな」






いっちゃんはつぶやくように言い、

ライブハウス“Ripple Sendai”の

派手な看板を見上げた。







古びた外観。けれど、

ガラス扉の奥からは確かに“熱”が漏れていた。









***








「おーっす! 久しぶりやなー!」


「おお!唯ーー!久しぶりーー!」






ロビーに入ると、

唯が勢いよく駆け寄っていった。







あたしたち出迎えたのは、仙台ローカルで

活動するバンド“Crayon Bloom”のメンバー。







一度だけ東京にあたしたちの

ライブを見に来てくれたバンド。






「唯ちゃん、今回はお嬢様じゃなくて

 ちゃんとミュージシャンだね!」


「そらそうよ!今日はただの“唯”や!」






笑い合う二人を横目に、

あたしは壁際に置かれた

ベースアンプを見つめていた。








(…あのベースアンプ…

 ユウキさんが使ってたやつだ)






心が少しざわついた。






比未子ちゃんが気づいてくれたのか

あたしにそっと声をかける。







「大丈夫ですか?

 吹雪さん顔色が良くないけど…」


「え?あ、ううん!ちょっと…懐かしくてさっ」







あたしはそのまま控室に向かい

スティングレイのケースを開いた。






ネックを触ると、金属の冷たさが指に馴染む。






(今日は“あたしの音”を鳴らせるかな)









***








リハーサルが始まる。

ドラムのスネアが響き、

ギターが加わる。






「ワン、ツー、スリー、フォー!」






ケンくんのカウントで、

RED SUNSが音を放った。







ライブハウスの壁が低音を吸い込み、

観客席のないフロアが一瞬にして震える。






“Crayon Bloom”のメンバーもざわついている。

ヒカルくんのギターの速弾きを見て

相当に衝撃を受けているみたいだ。









RED SUNSはまだバンドとしては荒削りだけど

演奏技術の高さは折り紙付きだ。

その辺のバンドにはヒカルくんやケンくんの

マネはそう簡単には出来ない。








あたしはその音をステージ袖から見ていた。







でもこの子たちのステージを見ると

意識は演奏技術ではなく他にいってしまう。







(この懐かしい感じ…何なんだろ?)








いっちゃんの声が響く。

それは“叫び”でも“祈り”でもなく、

ただ、魂として真っすぐに突き抜けていた。








その時にあたしは気付いてしまった。









(…わかった…この子の声、

 ユウキさんに似てるからだ…)







あたしは目を閉じた。







低音の残響が胸の奥に広がる。

まるで亡くしたものが

一瞬だけ息を吹き返したようだった。

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