第19章 宴の決意<緋山 いつき>

「かんぱーいっ!!!」





グラスがぶつかり合い、炭酸の泡が弾けた。







居酒屋のテーブルには

RED SUNSとdevisionerの

メンバーが並んでいる。






「いやー! 最高の夜だったなあ!」


ヒカルがジョッキを掲げる。




「今日でおれたち戦友!

 敵じゃなくて音の仲間だなぁー!!」



「誰がそんな熱血ポエム頼んだん?!」






唯が笑いながらツッコミを入れる。





「てかヒカルくん、めっちゃ顔真っ赤!」


「それは情熱の赤だな!」


「ただの酔っ払いだろ…」





笑い声が響く中、吹雪さんが

持ってるジョッキで

俺のグラスをカチンと鳴らした。






「いっちゃーん!キミすんごくいい男だねぇ!

 ねーえ?お姉さんと一晩どうよぉ?」





間違いなく相当に酔っているようだった。







「…は?」


「キミの声はこの胸にドンてきた!

 ドンドン!どーーんって!」





そういいながら吹雪さんは

自分の胸を突き出してくる。




ベースの演奏は確かにすごかったが…

お世辞にも品がいいとは言えない。





「…でもあんたライブ中寝てなかったか?」


「あ、バレた?あはははーー!」


「あははじゃねえ!聴いてねえだろ絶対」






そのやり取りに

比未子の笑顔がわずかに固くなる。





グラスをドンとテーブルに置き静かに言った。





「吹雪さぁん?

 あんまり酔っ払ってると転びますよ?」


「うふ、心配してくれるん?

 やぁん、比未子ちゃんていい子ぉ」





そういいながら今度は比未子に

ベタベタし始める吹雪さん。





「やだ…もう!くっつかないでください!

 心配とかじゃなくて忠告です!」


「照れるな照れるなぁー!

 良いではないか良いではないかぁー!」


「きゃ!やだやだ!変なとこ触らないでよー!」





店内に再び笑いが広がった。





唯はそれを見て照れたように

頬をかきながら笑う。








「…ええバンドやな

 こんな馬鹿正直なやつばっかりで」




そう言いながら唯はヒカルの横顔を見ていた。










宴が終わりかけた頃、

アツシは静かにグラスを置いた。




店内には笑い声とグラスの音が残っている。







「吹雪さん」


「ん?どうしたのかしらん?飲み足りない?」


「いえ。…僕にベースを教えてほしいんです」





その声に、吹雪さんの目の色が変わる。




酔いの色が消え、入れ代わりに

“音”の世界に生きる人間の目に変わる。







そして、ゆっくりと笑った。








「…あら、真剣な顔。お姉さん、

 そういう口説きは嫌いじゃないわよぉ」




吹雪さんの軽口に動じず

アツシはまっすぐに答える。







「僕はまだベースは素人です。

 でも、吹雪さんのように…

 いや、それ以上に上手くなりたいんです」







沈黙。







吹雪さんはその言葉を飲み込みながら、

しばらくアツシの目を見つめていた。









やがて、ふっと笑う。










「男とデートしてる時間だけはダメだけど…

 それ以外だったら教えてもいいかなぁ?」









その声は、冗談のようでいてどこか優しかった。






アツシは頭を下げる。






「ありがとうございます。

 僕、絶対にあなたを超えます」





にっこり笑った吹雪さんは

空になったグラスを掲げた。




「んじゃ、弟子第一号に?かんぱぁい」





二つのグラスが

控えめに触れ合う音を立てる。







しかしこれが後に破滅の引き金になることを

ここにいる誰もが知る由もなかった。

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