DAY2 山猫山
1:イド
焚き火が消えて少し経った。朝が来ようとしている。真っ白な空間だったこの場所も次第に姿を変え、遠くに花街の見える塔の麓になった。
そんな時に、エスーーではなく、イドと名乗った少女が戻ってきた。お盆を持って。
私を見るなり、まだ起きてたのか、と少し驚いたように言った。
「貴様、エスのリーダーなんだろう? ちゃんと寝ておけよ」
敢えて、『エスの』と付け加えられたように感じた。イドは私をリーダーとは認めていない裏返しの発言に聞こえる。
それも仕方はないと思う。戦闘の指揮はノルマンの方がしっかりしている。
「そうなんだけど……」
私もちゃんと寝たいんだけど、の意味を込め、本来その当番のカインが熟睡しているのを指す。彼女は「叩き起こせよ」と短く言った。その通りすぎてぐうの音も出ない。
「四時を迎えた直後景色が変わった。お陰で見慣れた食材だらけだった。助かったよ」
イドは私とキリの間に大鍋を置く。
「全員分だ。あの寝たふり負傷兵には別で消化のいいもの作っておいた。食わせとけ」
その横にさらにお粥が置かれた。
「おい、負傷兵。バレてんだから起きろよ」
「……レーションでいいです」
「アホボケカス、ちゃんと食え。軽傷とはいえ怪我してる時は食事に気遣え愚か者」
イドの言った通り、ノルマンは寝たふりだったらしく、彼女が足で軽く蹴ると駄々をこねるような声を出した。
そして、エスと本人同様、袈裟斬りに似た深めの傷を『軽傷』と言い表す所を見るに、イドもリヴァイアの文化にしっかり染まった人なのだと感じさせられた。
「エスの身体だから少し寝る。起きたらエスになってるから、この朝食について聞かれたらそこの小娘が作ったことにしろ」
そう言ってイドはキリを指した。キリは表情こそ変わらないものの、「小娘……」と不服そうに呟いた。
「エスはイドのこと……」
「イド様と呼べ」
「イド……様のこと、知ってるの? 知らないってことだよね、その言い方だと」
「さあな」
イドはそう言うと、それ以上の質問は避けるように、エスが就寝していた方へ戻っていく。
「ノルマンさん」
私が沈黙すると、キリがノルマンを呼んだ。起きていることは既にバレているので、彼は観念してゆっくりと起き上がった。
「何?」
「私の推測が正しければ、この景色はリヴァイアかと思われますが、どうでしょうか?」
ノルマンは塔と花街に視線をやり、ため息をつく。
「この辺住んではないから、あんまり見覚えはないけど、この塔と、花街なのにどこか陰鬱とした空気は、そうだろうね。次はエスちゃんって感じか」
「十中八九」
昨日がノルマンの過去や心を反映した黄の夜空戦争の中だった。この景色が言う通りリヴァイアであれば、今日はエスとーーイドの日だろう。
少しして、"彼女"が顔を出す。髪は二つに結ってあり、瞳もいつもの翡翠の色だ。私たちがやたら視線を送るので、彼女はーーエスは不思議そうに首を傾げた。
「どうしたんすか。つーか、カイン寝ずの番やれてないじゃん。ひょっとしてリーダーとキリさんとノルマンさんがやってたんすか。叩き起していいっすよそんなん」
「んーん。僕は寝てたよ」
「その顔色で? 絶対嘘。痩せ我慢、あんま良くないっすよ。後で鎮痛剤分けましょうか。軽傷とはいえ痛むのは痛むでしょうし」
エスはいつも通り、気怠そうな顔と声をしている。しかし、そこには親愛が確かに含まれている。イドのハキハキとしていながら冷たい声とは大違いだ。
「あ、つーか朝ごはん出来てる。もしかしてキリさん?」
「私は……、いえ、はい。私が作りました」
「? 変な言い方するんすね。まあいいすけど」
エスは大きな鍋からスープをすくって、まず私に、それからキリに差し出して、最後に自分の前に置いた。「僕には?」と言うノルマンにはすかさずお粥を指した。
「やっぱ朝ごはん食べないと、朝迎えらんないすわ。ん、美味しいっす」
その言葉に、先程イドが発した言葉を思い出す。
「朝飯を作らないと、朝は迎えられない」。
「なんすか? ちゃんとリーダーの分多めに取り分けたでしょ。物欲しそうに見ないでもらえないすか」
「ご、ごめん。そういうつもりじゃ……」
「……にしても、懐かしい味すね。でも作ったのキリさんだし、不思議な気分すわ」
これをイドが作ったということを知っている私達は沈黙してしまう。
「少しリヴァイア地方の味付けの特徴に寄せました。正確には塩を推奨量より……」
「ああ、そういうのいいっすわ」
「というのは冗談で」
「あんたの冗談分かりにくいんでやめてもらっていいすか?」
「何故懐かしいと思ったのかお伺いしても? 参考にします」
キリはイドの言った「作ったことにしておけ」を守りつつ、探るように言葉を重ねた。エスはそのキリをぼんやりと眺めながら、一口スープを啜った。
黄金色のそれを掬ったスプーンをーーそのスープに映る自分を見つめるようにして、彼女は暫し考えていた。
「収監される前、ほら、……親が花街の女で、あたしは花街合わないって話したじゃないすか。でもまあ、そういう街の生まれなんで、やっぱお前もやれって話になるっつーか……、当然金なんてないし。それが自然な流れだったんす」
「ええ。ローランさんに社会の話をしていた時のことですね。記憶しております」
「それが嫌で、あたしはあたしなりに、誇りを持てる仕事を見つけて、親ん所出てこうって思って。そん時に、まあ……密造酒出す料理屋に出くわして、そこのオーナーに拾われて、しごかれたんすわ、あたし。そこの料理の味そっくりっす」
キリと私の視線が合った。ひょっとして、という予感だったが、ほぼ確信のようなものだった。
「つかぬ事をお聞きしますが、そのオーナーの氏名は?」
「なんすか、急に。……イド。イド・ヴァレンタイン」
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