DAY1.5 休息①

1:一難去ってまた一難

 私達は魔物を倒したことによって出現した階段を登った。ただ真っ白な空間が広がっている。

 

「さっきは朝日が出てて焦ったけど、まだ現実時間は夜で良かったねぇ」

 

 怪我が完全に治りきってはいないが、カルアの負担も考えて、治癒魔術での治療をストップした。にわかには信じ難いが、治癒魔術を施す前でも歩ける状態だったと言う。

 同郷のエスが「この程度で入院なら、病院はベッドがいくらあっても足りない」などと言うし、戦闘を金にしている人達の街は怖いなぁと思うばかりである。

 

 何があるか分からないので、寝ずの番を設けることにした。全員死刑囚とはいえ、未成年には健やかに生きていて欲しい。

 エスとカルアを除いた五人のうち、負傷度合いが激しいノルマンを除外し、私達でくじ引きして、カインが運に負けて担当になったのだがーー。

 

 現在、私とキリとノルマンの三人が、焚いた火を囲っている。カインは爆睡中だ。

 

「いや、いいからノルマン寝てよ」

「大丈夫、作戦には影響しないよ」

 

 そんなにこやかなことを言いながら、彼の足元には先程の戦闘で大活躍したスナイパーライフルと拳銃、コンバットナイフが入ったケースが置かれている。

 利き手だろう左手がそのケースの留め具にかけられたまま、彼は笑顔で話を続けている。

 

 しかし、さすがに疲労の色が濃い。ふとした拍子に、強くそれが滲む。比較対象のキリも、疲れた姿を見せたことが無い鉄仮面ではあるが。

 

 私とキリとで顔を見合わせた。

 こういう説得は、事実を羅列して事務的に推奨するキリか、あるいは淡々と証拠を積み上げて理由を述べるライヒェが向いているのかもしれない。

 

 モニ太くんを突く。返事は無い。モニターの点灯もない。何故かその様をノルマンが見守っていた。しばらく点灯がないことを確認すると、彼はキリに視線をやった。

 

「それにしても、キリさん強いんだねぇ。えーっと、前前職が戦闘補助オペだっけ? あれって補助していた人が倒れちゃったら、オペさんがなんとかして戦闘を片付けなきゃいけないって聞いたことあるな。いつ頃やってたの?」

「ええ、仰る通りです。そうですね、八年ほど前です。一年で諸事情により辞めることになりましたが」

「ああ、大変な頃じゃん。そりゃやめて正解だよ」

 

 褒められてもキリは表情を変えない。戦闘補助オペレーターの経歴が嘘だと知っている私は、肝を冷やしている。彼女は意味の無い嘘はつかない。だから、これにも理由があるに違いない。

 

「そういやさ、その頃規定、ぶっ飛んだのあったよね。九条の五項だっけ、何とかの時はクライアントぶち殺せーって」

「何それ、頭リヴァイアの人達が作った規定?」

「それに類似する規定は十条の三項です。『依頼者の意図的な契約違反時、依頼者・依頼者の戦闘相手共に、機密性保持の観点上必要かつ、逃亡の恐れがあると現地オペレーターが判断した際、即座に殺害してもよい』という内容です」

 

 キリは淡々と答える。しかし、ノルマンは何か疑問を持ったのか首を傾げた。

 

「ええ、違うよ〜。その時、十条三項はなかったはずだもの」

「おや、記憶違いでしょうか。しかし、記憶力に関してノルマンさんは優れておりますし、あなたのの仰る通り……」

「てか、七、八年前ってさ、この規定自体なくないかにゃ〜?」

 

 キリが膝の上に置いた指をピクリと上げた。そして、はっきりとノルマンを見つめた。私も同じように彼を見る。

 ノルマンの変わらぬ笑顔が、焚き火で出来る影のせいか、恐ろしく見えた。

 

「その規定文章は最近……アトラ社崩壊後、酷い依頼が増えたから、外部に向けて、ある戦闘補助オペレーターの会社が出した規定のはずなんだよね。君が務めていた"と言った"頃にはなかった」

「……よくご存知で」

「あはは、ありがとう。よーく知ってるでしょ、僕? だって今までの話嘘だし。知らないよ、規定なんて〜。戦闘を有利にするために、補助オペさんに依頼しなくても、不意に殴りゃいいだけじゃない?」

 

 焚き火の弾けた音を聞き、そこでようやくキリはため息をついた。自身の嘘を指摘されてもまるで動じることもない。

 

「私としたことが、ノルマンさんがカマかけも得意であることを忘れておりました。さすがは元国境軍の少尉です」

 

 そういえば、今日の朝、ノルマンはカインに密輸の自白をさせていたことを思い出した。あの時は何とも思わなかったが、そう思わせないほどに尋問も手馴れているのかもしれない。

 

「ここまで表情が動かない人を相手にするのは初めてだけどね。あ、これ嘘だ、って直感したのはリーダーの態度からだし。それがなきゃ気づかなかった。何でそんな嘘つくのサ」

「私は"キリ"について知られる訳にはいきません。そのため、過去の事項については、虚偽申告を用いております。それが気に食わないのであればーー」

 

 キリは視線をノルマンの足元のケースにやる。焚き火の弾ける音に紛れさせたのか、最初は開いてなかったケースが開いていて、丁寧にしまわれた銃が確認できる。

 この時私は、彼の手が銃をすぐ取れる位置になかったのを見ていなかった。焦燥に駆られて見落としたのだ。


「その銃でこの額を撃ち抜いてください」

 

 私は息を呑みながら、キリの前に立つ。

 

「私も、私も何でか理由は知らないけど、キリのことだからきっと理由があるんだと思う! だ、だから、殺すのは……」

「殺さないよ〜」

 

 彼は笑顔で両手を挙げる。それから呆れた顔になって、銃の入っているケースを見つめた。

 

「驚かせたよね。癖でさ」

「でしょうね。もし発砲されていても、あなたが撃ち抜くのは足の親指だったでしょう。コギト、着席していただけますか? 話しづらいです」

「はい」

 

 キリに言われた通り、先程まで座っていた場所に腰を下ろす。再び焚き火がぱちりと音を立てた。

 

「戦闘は天賦の才のようですが、尋問は勉強なされたのでしょう。尋問のお手本のようでした。悟らせない話術はお見事です」

「とっとと異動して尋問担当に回されたくてね」

「……あなたを信用していない訳ではありません。コギトの言った通り、理由はあります。今は言えません。ご理解を」

「いいよ。嘘か本当かをはっきりさせたかっただけだしね」

 

 本当に嘘をついたかどうかを確認したいだけらしい。ノルマンは笑いながら銃のケースを閉じた。ケースを開けたのも反射だったようだ。

 彼の出自は大体分かったが、やはりその出自の結果、心に根深い問題があるのだろう。思考を入れずに反射で人を害しかねない行動をするのは、それの証左だ。

 

 キリの「戦闘は天賦の才」と評した目はあまりにも正しい。エスもそうだが、リヴァイアの土地柄、戦闘の才のある者がごろごろいるのだろう。

 

「はっきりできたなら、ノルマン早く休もうよ。君怪我人だからね」

「膝擦りむいた程度の傷で大袈裟な」

「袈裟斬りされた傷と膝を擦りむいたのとでは、全然程度違うって。何を考えたらそうなるの!?」

 

 そんな話をしている横を、黒い陰が通っていく。焚き火を挟んで向こう側に座ったのは、髪を下ろしたエス、なのだが。

 焚き火で出来る影のせいか、普段よりより一層大人らしく見える。普段は大人びた子供の印象でしかないのに。こちらを見た翠の瞳は赤く染まって見えた。

 

「コギト。ノルマンさんはキャラ上そう見えなくても、良くも悪くも軍人気質という助言をしておきます」

 

 キリに言われてはっとする。どうにかしてノルマンを休ませなければ。

 

「リーダー命令だよ。休んで」

「ああ……、そう言われると身体が従っちゃうなぁ。おやすみ〜」

 

 キリの助言がこのことかは分からないが、ノルマンは苦笑いすると、銃を収納したケースを抱いて、身体を庇うようにゆっくりとその身を横たえた。

 それを見届けてから、様子の変なエスを見つめた。彼女はん、とこちらに手を伸ばす。

 

「貸してた包丁返せ。あれは"エス"の物だ」

 

 そう言われてはっとする。確かに包丁を返せていなかった。ノルマンの怪我の様子を見るので自分がいっぱいいっぱいだった自覚がある。

 

 包丁を持って彼女に近づく。その時に気づく。翠の瞳の色は、炎に照らされた故の見間違いではなく、確かに赤色になっている。

 柄をエスに向けて差し出すと、彼女はじっと包丁を眺めた。

 

「無茶な使い方をしたな」

 

 実際、包丁を杭に見立てて、金槌で撃ち込んだので無茶な使い方には違いない。

 彼女はいつもの砕けた柔らかい口調ではなく、厳しく冷たい物言いをするし、表情にも普段なら見られるほのかな親愛もなかった。

 

「エス……?」

 

 その違和感を上手く説明できない。しかし、この問いに彼女は反応した。

 

「イド」

「へ?」

「私はエスの別人格。イドだ」

「い、イド……」

 

 名前を呼ぶと彼女はーーイドは頷いた。

 

「仕込みの時間だ。少し出てくる。朝飯を作らないと、朝は迎えられない。一時間後戻る」

 

 まだ混乱しているというのにそう畳み掛けられ、思わず「はい」と頷いてしまう。私が肯定の返事をすると、彼女は「よろしい」とだけ言って、どこか遠くへ行ってしまった。

 一難去ってまた一難。焚き火の薪が崩れる音がした。

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