14:朝日
「我が名は!! ローラン・フォン・ヴェルモンド!! 魔物殿!! 貴殿のお命頂戴する!!」
それを見てか、急にローランが名乗りを上げる。過剰に大きな声だったので、魔物の気を逸らす目的だろう。一瞬気の逸れた魔物は触手を止める。その数秒で"彼"にはちょうど良かったのだろう。
私は宙に舞う朱を見る。私の朱ではない。私と触手の間に、ノルマンが立っていた。
「行け! リーダー!! 振り返るな!!」
ノルマンが私の背を押す。エスが私に包丁を手渡した。
私の背後から新たに迫っている触手は、ローランが切り落としたようだった。
包丁を強く握る。左手で持った金槌で、心臓に当てた包丁を叩き込むように撃ち込んだ。
ローランでは間に合わない触手が背後から来ている。キリが悠長な足取りで私の背中側に立ったが、彼女がそれを切り落とす前に魔物の身体が崩れていった。
「お疲れ様です、コギト。状況終了です」
「ノルマンは!?」
「致命傷ではありません。カルアさんの治療でよくなるかと」
いつも仕事が終わった時は、キリの報告を聞いてそれに何かを返していた。こうして他人の心配の言葉をかけて、あろうことか彼女を押しどけるようにして他人の元へ行くなんて初めてだった。
魔物が崩れたのを見て、カルアがノルマンの治療のためにこちらに近づいていた。そのカルアを除いては、カインが先に訪れていた。
キリは魔物の崩壊を最後まで見届けてから、こちらに視線を向けたようだった。その頃には全員が集まっていた。
「カインくん〜、タバコ〜」
「今吸う気かよ。さすがの俺でもそれは止めるわ」
「硝煙臭いからさぁ……」
「やめとけってマジで」
カインはそう言いながらどかりと腰を下ろした。
ノルマンの傷は決して浅くはない。カルアが普段の蠱惑的な笑みを浮かべずに、真剣に傷の手当をしているところもからも深刻さは読み取れる。
本人はタバコを欲している呑気さであるが。エスも寄っては来たが「大丈夫だろ」と言わんばかりの顔をしているので、リヴァイアでは重傷じゃないのかもしれない。いや、どう見ても重傷だが。
見た所、右肩から胸にかけて深めの傷が斜めに入っている。カルアはその上から手をかざして、治療魔術を使っていた。見ているだけでも痛そうだが、本人はタンスに小指を打ち付けた数分後みたいな顔をしている。
「ごめんね、リーダー。位置的には僕がベストだったんだけどさ。『忘れてはならない』って言われた瞬間、頭真っ白になっちゃった。僕にとってはクリティカルな言葉でさ……」
「カルア。ノルマンに喋らせても大丈夫?」
「いや、全然大丈夫じゃないですけど。ていうか、よく喋れますね……」
カルアは完全に困惑している。私も「大丈夫?」とは聞きながら、休ませた方がいい傷なのは分かっている。しかし、受傷している本人があまりにも平気そうな顔なので、私が現実を誤認していないか心配になる。
「僕は全然大丈夫だよ」
「リヴァイア基準だとまあ、日常茶飯事すよ。医者行ってもろくに診てもらえずに、適当に薬出されて帰されますわ」
「戦闘民族……」
二カ国の国境付近にある地域という理由だけで、人間ってここまで強靭になれるのだろうか。
しかし、本人が大丈夫と豪語するので、私は話をするために彼の脇に座った。
「……そうだよね。それは分かるよ。だから君は、国家反逆の罪を問われても、国が消そうとした記憶を残して、そこで死んだ人達のことを忘れないようにしてるんだ。そうやって、あの時皆を生かしている」
「ちょっと待って、知ってたの?」
「ついさっき知ったよ。現在(ここ)まで来いって言う気は無いけどーー」
私は天井を見上げた。アトラ社オフィスの天井が露出している部分以外は、依然として黄色の夜空が広がっている。ここはーー彼の見ていたあの日のように、息が白くなるほど寒くは無いな、と思った。
よく見ると、黄色が深くなっている。ノルマンの過去の中にいた時は、夜が深くなった色なのか明けようとしているのか、どちらか分からなかったが、今なら分かる。朝日は着実に近づいている。もう一歩で朝が来る色だ。
「『忘れてほしくないけど、幸せの足枷にはなりたくないから、その時は忘れて』。セリカさんが言ったこの言葉の意味さ、ずっと前から分かってるでしょ」
「……リーダーも、数万人の死が些末なことだって言うの? また僕たちから、過去を覚えている権利すら奪うって言うの?」
ノルマンは震える声で言った。私は首を横に振る。
「言わないよ。……ノルマンはずっと覚えてると思う。その首が落とされるまで。でもそれは、前に進んでも出来ることだ。君を、……黄色の夜空をこうして知った私もいる。だから、君の幸せを願う人の言葉を、受け止めて、理解して、その方向に進んでみて欲しいんだ。一歩ずつでいいからさ」
陽の光が差し込んだ。黄色に染まった空が少しずつ白んで来る。ノルマンはそれを見上げていた。
「朝日って、……こんなに綺麗だったんだな」
黄色の夜空の面影を少し残しながらも、確かに朝は来ていた。
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