♡ 032 ♡

 目を開けると、みなもはピンク色に輝く天の川の中にいた。無数の金平糖が浮かび上がっては弾け、群れを成し、波を描いて流れていく。

 床にはふんわりと霧がかかり、透明なビーズと一緒に足元に絡みつく。広香の歌う言葉がこの空間に反響し、朧月のような優しい光を放った。


 その時、果実のような甘酸っぱい匂いが、みなもの鼻をくすぐった。それはいつもポケットに入れて持っている、みなものお気に入りの飴と同じ匂いだった。

 丸みを帯びたハート型で、ちょうどこの天の川のような、赤みがかったピンク色をしている。

 口に入れると、弾けるような甘酸っぱさと、桃ともいちごともつかない繊細な味が舌に染み込んでいく。

 

 みなもはポケットに手を入れ、一つそれを取り出すと、ぎゅっと手のひらで包み込んだ。

 広香が一度だけ「みなも」と呼んでくれたあの夜が、よく知っている飴の味と共に蘇る。いつもよりも鮮明に、そしてさらに甘く。

 まじないをかけるように、みなもは心の中で唱えた。

 ——広香ちゃんとの時間が、永遠に続きますように。広香ちゃんがわたしを好きになってくれますように。


 やがて広香の演奏は力強いストローク奏法に変わり、声もそれに連動して大きくなっていく。

 泣き出しそうな切なさと力のこもった歌声を、その喉が伸びやかに奏でた。

 そして薄暗い教室を彩るギターの音がぴたりと止み、広香の震える歌声だけが残った。

 最後は弱々しく、寂しそうに少しずつ消えていく。


 教室は魔法が解けたように元に戻っていく。

 みなもは立ち上がると、消え始めた天の川の中で、手の中にある飴の包み紙を開いた。

 可愛らしいその飴を指でつまんで、広香の唇に当てる。

 広香は小さく口を開き、それを受け入れた。


「百瀬さん、これ何の飴なの」

 広香の覚束ない言葉を遮るように、みなもは言った。

「みなもって呼んで」

 広香はごくりとその甘さを呑み込む。

「みなも」

 あの夜が蘇る。消えかかった天の川に包まれたまま、みなもは広香に小さな口付けをした。

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