♡ 033 ♡

 みなもは広香の甘い残像を抱いたまま、いつもの布団でぼんやりと目を開けた。スマホが鳴らすアラームを止めて、むくりと起き上がる。

 部屋を出て一階のリビングに下りると、みなもの母が朝食をダイニングテーブルに並べているところだった。

 まだ半分寝たままの目を擦り、「おはよう」と弱々しく声をかける。それはいつも通り溌剌とした挨拶になって跳ね返ってきた。


 母はてきぱきと準備して、

「ほらほら早く朝ごはん食べるよ」

 とみなもを促した。椅子に腰掛けたのと同時に、のそのそと父がリビングに現れた。

「おはよう」

 父も寝ぼけた声で挨拶をして、みなもの斜向かいに座った。みなもも眠そうにおはようと返す。

 母がみなもの隣に腰を下ろすと、三人揃って「いただきます」と手を合わせた。


 今日のメニューは目玉焼きの乗ったトーストと、ポテトサラダとコーヒーだ。

 食べ始めると少し意識がはっきりしてくる。

 母は一口ポテトサラダ食べて、みなもに尋ねた。

「今日も広香ちゃんと遊んでから帰ってくるの?」

「うん。でもあんまり遅くならないように気をつけるよ」

 そう答えてみなもはトーストにかぶりつく。

「いくらでも遊べ。高校生は遊びが本分だ。友達は大切に!」 

 と父は目を瞑ったままトーストを貪っている。

「お父さんは余計なこと言ってないでちゃんとしなさい。パンくずいっぱいこぼしてるからあとで掃除機かけてね」

 母に怒られて、なんとも言えない情けない声をあげて父はうなだれた。


 みなもは両親のことを、可愛い夫婦だと気に入っている。

 言いたいことを言い合い、敬い合い、どちらかが潰れた時には引っ張り上げて発破をかける。お互い足りないところを補い合う、温かな夫婦関係だった。


 身支度を終え、みなもは両親に声をかける。

「それじゃあ行ってくるね」

「気をつけていってらっしゃい!」

 二人の声と手を振る動作が、ぴったりと揃っていた。


 みなもは教室に着くと、真っ先に広香の元に駆け寄った。

「広香ちゃん、おはよう」

 広香は顔を逸らしたまま、ちらっと視線だけを向けた。

「おはよう」

 と返ってきたけれど、頬杖をついて手のひらで口元を覆っているので、うまく発音できていない。

「なんでこっち向いてくれないの」

 みなもが広香の顔を覗き込むと、今度は反対方向を向いてしまった。それをみなもも追いかけるが、また逃げられる。二人はその応酬をしばらく繰り返した。

「もう、やめてよ」

 そう言って不貞腐れる広香を、みなもは心底愛おしいと思った。

 今日もロッカーの上には、ひっそりと赤いギターケースが横たわっていた。

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