♡ 024 ♡
その時授業開始のチャイムが鳴り、収まりがつかないまま五人は散り散りになった。
玲奈は一層鋭く広香を睨みつけて踵を返した。残りの三人は戸惑いの混ざった眼差しを残し、玲奈に続いて席に戻っていった。
その日から、彼女たちが広香の机に集まることはぱたりとなくなった。
夏服と湿気を一緒に着ていた、梅雨の真っ只中のことだった。
しとしと降る雨と、灰色の曇り空が教室の窓を覆っていた。
広香はその頃から生活費を切り詰めて、あのギターを買うために貯金を始めた。
食事を抜き、外での買い物を極力控え、水を大量に飲んで空腹の痛みを誤魔化した。
バイトをしたいと打診したこともあったけれど、母親の許しは得られなかった。黙ってすることも不可能ではない。ただ、母親に気づかれた時のリスクを考えてそれはやめた。
意味のない集団行動から離れたことで、学校生活は快適だった。しかし、玲奈の標的が変わり、他のクラスメイトもそれに勘づいて広香に寄り付かなくなっていった。
玲奈たちは、あれだけ悪口を言っていたみなもとも会話をするようになったようだった。みなもと元々一緒にいた友人たちも同様に巻き込んだ。
群れから離れただけでここまで世界が変わるのかと、教室の天井から自分を見下ろした。
暑い夏も、広香は一人きりで過ごした。孤独だと感じることはなかった。
寂しさという感情がどういうものなのか、広香には分からなかった。
貯金するために切り詰める生活は苦しかったが、それ以上に心は弾んでいた。
赤茶色のギターに近づくたび、幸せで胸が満たされた。
学校帰りにはよく楽器屋に訪れた。
売れてしまわないか心配で、まだあることを確認するため何度も立ち寄った。
去年、秋も終盤に差し掛かる頃、
「試奏しますか?」
と初めて楽器屋に来た時と同じ店員が声をかけてきた。
「いや……」と広香が返事をすると、
「弾けなくても大丈夫ですよ。ぜひ手に取ってみてほしいです」
店員はそう言って、ギターをスタンドから持ち上げる。
戸惑う広香をよそに、彼はチューニングを始めた。ヘッドにつけた小さなチューナーに顔を向けて、手慣れた様子で銀色のつまみを回しながら弦を弾く。
「どうぞ」
丸椅子を広香のそばに置き、ギターを手渡した。
「あ、ありがとうございます」
広香は恐る恐るそのネックを握り、ボディに手を添えて椅子に腰掛ける。
そしてその弦を自分の親指で弾いた。一番上にある太い弦をそっと。
太く低い振動が響き渡り、ボディの背中を通して身体に伝わってきた。
次はその下の弦、その次はまたその下の弦と順番に弾いていく。
弦の響きが、楽器屋の空間に広がる。しっかりとした支えのある、温かい音色だった。
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