♡ 023 ♡
「今週の土曜、二人で出かけない?」
トイレについてきた玲奈が、前髪を櫛で整えながら、鏡越しに視線を送ってきた。
普段なら頷いてすぐに応じていたけれど、
「ごめん、土曜は予定ある」と広香はきっぱり断った。
今度は鏡を通さずに、玲奈は広香の横顔を凝視した。信じられないと言いたそうな目をして、「え?」と小さく声を漏らす。
誘ったらいつでもついてきた広香が断ったのは、これが初めてだった。
「じゃ、じゃあ日曜は?」
鏡に目を戻して、動揺を誤魔化すように前髪を梳かし、玲奈はわずかに声を上ずらせた。
「ごめん。日曜も無理」
広香はポケットのハンカチを取り出し、さっと手を拭いて先にその場を離れた。
「待ってよ」
玲奈は駆け足で広香を追う。
「なんで? 今まで予定なんて全然なかったのに」
隠せない焦りが彼女の声に乗っていた。
「予定があったら悪いの?」
本当は予定など入っていなかった。時間を無駄に浪費するだけの付き合いに嫌気が差したというのが、広香の本音だった。
「ねえ、誰と会うの? 何するの?」
「別にどうでもいいじゃん、そんなの」
広香は顔を背けて、早足で教室へ向かった。玲奈はすぐ横を陣取るように纏わりついた。
「何でそんな言い方すんの?」
「めんどくさい。わたしのこともう放っておいて」
「急に何なの? 質問に答えろよ」
怒り任せに大声を出す玲奈を無視して、広香は席に座った。
彼女は負けじと広香の席まで着いてきて、
「なんであたしの言うこと聞けないわけ?」
と鋭い目つきでじろりと睨む。
「なんで聞かなきゃいけないの?」
広香はスマホを片手に頬杖をつき、静かにそう返した。
その緊迫した空気に他の三人も気がついて、いつものように広香の机を取り囲んだ。
「ちょっとどうしたの二人とも」
舞が二人の間に割って入る。加奈と由乃
は顔を見合わせてそれから玲奈を援護するように、両隣についた。
玲奈はぐっと歯を食いしばり、依然として広香を睨みつけている。その釣り上がった大きな目が鋭い眼光を放っていたけれど、広香は気にも留めない様子でスマホの画面をスクロールしていた。
「わたしが言うこと聞かないから怒ってるみたいだよ」
手元のスマホに視線を下ろしたまま、淡々とした口調で広香が説明した。
「広香が……」
あたしの誘いを断りやがった。と言ってみればいいのに。従順だった女が、急に自我を持ってあたしに楯突いたからむかつくんだと正直に言えばいいのに。
途中で口を閉ざした玲奈を横目に、広香はそんなことを頭に巡らせていた。
「二人とも、喧嘩はやめよ」
由乃がわけもわからないままに沈黙を破る。
「広香が玲奈怒らせたんでしょ。意地張ってないで早く謝りなよ」
加奈はそう言うと、広香の手からスマホを取り上げた。
「謝ることなんかない」
広香はすぐさまスマホを奪い返し、苛立ちを抑えずに言い放った。
「もううんざりなんだよ。ここにきて他人の悪口ばっか言ってないで、もっと時間を大切にしたら?」
玲奈の表情はますます険しくなり、その場の空気は凍りついた。
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