赤茶色の楽器

♡ 022 ♡

 重苦しい静寂が教室を支配する自習時間、玲奈は周りの友人に同調を求めるように吐き出した。

「あいつまじで無理なんだけど。限界」

「わかるー」とだるそうな口ぶりで、友人たちは各々顔を顰める。


「甘ったるい声も喋り方も無理だし、男の前だと余計もったりしてんだよね。気持ち悪い。広香もそう思うよね?」

 廊下側の席に座るみなもを一瞥し、玲奈は広香にも話を振った。「うーん」とか「そうかなあ」とかどちらともつかない返事をして、その場をやり過ごしていたのをよく覚えている。


 玲奈が中心になって、みなものことを好き放題に貶していた。

 それが彼女らの楽しみだった。隙あらば誰かの悪口を言い合う。その標的になったのがみなもだった。


 広香がギターを手に入れる前の、入学してから間もない時期のことだった。

 玲奈と舞、それから加奈と由乃が広香の机に集まってくるのが日常だった。


 一方で、みなもは居場所がないわけではなく、クラスに仲のいい友達も数人いたようだった。表立っていじめられて孤立しているわけではなかったので、見て見ぬふりをしている広香の罪悪感も薄れた。


 広香はほとんど周りのことに興味がなかったけれど、悪口ばかり言われているみなものことだけは、しっかりと覚えていた。

 ただの一度も彼女を悪く思ったことなどなかった。当然周りに同調して悪く言ったこともない。

 それどころか、誰かに嫌われるほどの愛嬌をもつ彼女は広香にとって稀有な存在で、特別輝いて見えた。


 放課後は玲奈たちとゲームセンターでプリクラを撮ったり、ショッピングモールをブラブラしたりして、毎日のように暇を持て余していた。

 彼女たちといる理由は、特に断る理由がなかったから。ただそれだけだった。

 そんな日々の中、徒らに時間が溶けていく感覚に、広香は焦りを覚え始めていた。


 ある日の放課後、何となく玲奈たちから離れて、ふらっと楽器屋に立ち寄った。そこで最初に視界に飛び込んできたのが、今広香の部屋にある赤茶色のギターだった。

「試奏しますか?」

 店員に声をかけられたが、慌てて顔の前で両手を振り、

「そんな、結構です!」と断ってしまった。


 恐れ多くて触ることもできなかったけれど、帰ってからもその赤茶の木でできた楽器が、頭から離れなかった。


 小ぶりなボディの愛らしい曲線は、どのギターとも違う。

 黒っぽいネックに点々と光るポジションマークの素材は、楕円に形取られた貝殻だった。

 ボディと同じ赤茶色をしたヘッドのロゴマークは、ネックと同じ素材の黒っぽい木材であしらわれている。

 ホールは貝殻のラインで縁取られ、さらにその外側にもう一本、黒っぽい木材の細いラインが巻き付いていた。

 ベッドで目を閉じる時も、その姿が瞼の裏に貼りついて離れなかった。

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