♡ 021 ♡
その日を境に、広香はギターを背負って登校するようになった。机の間をすり抜けるたびに緊張し、棚の上に置いたまま教室を離れるときは心配で何度も後ろを振り返った。
ある日の昼休みは、屋上で演奏した。
隣でみなもは目を閉じて微笑んでいたり、音に乗ってゆらゆら揺れたり、ときには踊るようにコンクリートの上を駆け回った。
灰色の固い床がゼリーのように透明な青になったり、昼間の空に降り注ぐ流星群が見えたりするんだと、息を弾ませて彼女は言う。
音楽室が空いている日は、そこにギターを持ち込んで二人きりで過ごした。
みなもは覚束ない指でグランドピアノを鳴らしてみたり、広香のギターに合わせてご機嫌に歌ったりしていた。
ピアノの椅子に背中合わせで座れば、寄りかかるみなもの背中から、ほんのり小さな熱が伝わってきた。心臓が同じリズムを刻んでいるような気がした。
放課後は合唱部や吹奏楽部が音楽室を使っているので、専ら屋上で過ごした。
冷たい風が、固いコンクリートに座る二人の髪をさらう。
「そろそろ屋上でギター弾くのも厳しくなってきたかも。手が悴む」
もう秋が終わろうとしていた。弦を押さえる広香の指は、寒さで赤く染まっている。
「あっためてあげる」
にっと口角を上げて、みなもは広香の左手を両手で包み込んだ。
マシュマロのように柔いみなもの手の平の中に、頼りなく骨っぽい広香の左手が寝そべっている。指先の皮膚は、ギターの弦を押さえるために硬化していた。
「授業なんてなくなっちゃえばいいのに」
みなもはまつ毛を伏せて、その指先を見つめていた。
「ずっと二人でいられたらいいのに」
叶わないと分かっていながら小さくこぼした願いが、屋上の地面に落ちた。
「もしそういう世界になったら、ずっと一緒にいてくれる?」
視線を合わさず、自信のない声でみなもは言った。
広香はギターを抱いたまま、彼女の伏したまつ毛が瞬くのを見ていた。白い頬に影を落とす美しい曲線の重なりが、広香の顔を見上げる。
その瞳に捕らわれて、目を逸らすことができない。広香は空いた右手でゆっくりとギターを下ろした。仔猫のように儚いみなもの身体を、黙ったまま抱きしめる。彼女は腕を曲げたまま広香の胸に収まった。
とくとくと鼓動が伝わってきて、どうしようもなく愛おしい気持ちが胸の内側から湧き上がった。
ずっと一緒にいるというのは、いつまでのことなんだろう。一生が終わるまでだろうか。それともどちらかに恋人ができるまでだろうか。その言葉の意味を探る途中だったけれど、思考が追いつく前に耳元でさっきの返事をした。
「ずっと一緒にいるよ」
そっとみなもを引き離すと、頬をりんごみたいに真っ赤に染め、唇をきゅっと結んでふらついていた。
「それ、誰にでもしちゃ、やだからね」
スカートの裾を握りしめ、頬を膨らませてそう訴える。湯気が立ってしまいそうだと思った。
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