♡ 019 ♡
「わたしも……」
伝えようとしていたことが、どくどくと心臓から送り込まれる血液に押し流されて、広香の口は動きを止めてしまった。
みなもは穏やかに笑いかけ、「おやすみ」とそのまま瞼を閉じる。狭いベッドで触れ合う肩に熱が集まる。
「おやすみ」
広香もそれを復唱して、胸を鎮めるために無理矢理目を瞑った。
深夜二時頃になり、玄関の物音で広香は目を覚ました。母親か父親が帰宅したらしい。
みなもは隣で小さく寝息を立てていた。自分よりも一回りほど小さな身体が、わずかに膨らみ、そしてゆっくりとしぼむ。柔らかな白を思わせる、甘くて優しい匂いがする。
こんなに脆そうな生き物が現実世界を生きているのだと実感すると、不意に怖くなった。
夢か現実かわからないうちに、薄明が部屋に差し込んできた。ベッドの横にはギターが置いてある。
みなもは寝ぼけ眼を擦って起き上がり、ここが自分の部屋ではないことをかろうじて理解した。
時計を見ると六時を回った頃。広香はみなものすぐ横で、すやすやと眠っている。その頬をつついてみると、小さく唸って身体ごと反対側を向いてしまった。
まだ芽吹いて間もない小さな双葉を慈しむように、みなもはその髪を指で
それは柔らかく、滑るように指の間をすり抜けた。
「おはよう、広香ちゃん」
二日前の彼女の後ろ姿を思い出した。まるでここには何もないというかのようにぼんやりしていた、そのわけが今になってわかった。視線の先に赤茶の繊細な楽器を捉え、
「広香ちゃんはギターが恋しくて退屈してたんだね」
そう口にすると、自然と頬が緩んだ。
六時半になると、枕元の目覚まし時計がけたたましく金属音を鳴らした。
広香がうわあと声をあげて両腕を伸ばし、二つの銀色のベルを手のひらで押さえ込んだ。目覚まし時計が苦しそうにくぐもった声を上げる。
広香と手の中のそれが双方とも必死な状況が可笑しくて、みなもは思わず吹き出してしまった。
「百瀬さん? おはよう」
止まらない目覚まし時計を抱えて、半目のままふにゃふにゃと寝ぼけた口調で広香が言う。
「おはよう広香ちゃん、起きて支度しようね」
みなもは広香の手からそれを取り上げ、ベルの音を止めた。
まだ夢から醒めきっていない広香の腕を引っ張って起こし、制服に着替えて一緒にリビングに下りた。
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