♡ 017 ♡
「結局今日も外暗くなっちゃったね」
広香が苦笑いしながら頭を掻いた。
「大丈夫、今日こそ歩いて帰るから!」
みなもは胸をポンと叩いて、思い出す。ポケットの中にある五千円が入った封筒が音を立てた。
「でも一人では帰せないよ」
と広香がまた財布を取り出そうとするので、みなもはその手を押さえた。
「本当に大丈夫! これ以上借りたらお母さんに怒られちゃう」
「お母さんに話したの?」
「話したよ。それにちゃんと持ってきたの」
みなもはポケットから封筒を取り出し、
「はい、広香ちゃんが貸してくれたタクシー代。本当にありがとう」
それを広香に差し出して深々頭を下げた。
「よかったのに」
広香は受け取りかけたところで、思いついたように「あ」と目を丸くした。
「今日これで帰りなよ」
と封筒をみなもに押し返しす。
「ほんとにだめ! お母さんにも怒られるし、わたしもそんなことできない」
そう言ってみなもも同じように押し返す。
「言わなきゃばれないよ? 気にしなくていいのに」
広香は不思議そうな顔をする。
「どうしてもだめなの。今日は歩いて帰る」
頑として譲らないみなもを目の前に、広香は困り果てた。
暗い中女子高生を一人で帰らせるなんて、責任の重大さが怖くてできない。それだけじゃなくて、みなもに何かあったらと思うとどうしても一人で夜道を歩かせることを許せなかった。歩いて送ってそれから一人で帰ってくるというのも、時間がかかりすぎて現実的ではない。
広香は迷った末に、
「うちに泊まっていく?」と提案してみる。
みなもは「えっ」と
「ご両親は気にしないの……?」
心配そうにそう言ったが、その顔は溢れる喜びが滲み出て、緩んでしまってる。
「大丈夫だよ。一言言っておけば何も問題ないと思う」
やけに淡々とした広香の物言いに不安を抱きつつ、
「それじゃ、お言葉に甘えてもいい?」
と内心では飛び上がりながら、申し訳なさそうに返した。
広香は頷いてにこっと口角を上げた。
みなもは広香の後ろについてリビングに下りた。シンプルな白いソファーとガラスのローテーブルがあるだけの、がらんとした殺風景な部屋だった。
仕切りの向こうに生活感のないキッチンが少しだけ覗いている。
「綺麗な部屋だね」
「親は帰ってきて寝るだけだし、あんまり汚れてないのは確かかもね」
まるでそれが一般常識であるかのように、広香は平気な顔をして言った。
「寂しくないの?」
みなもが広香を覗き込む。
「寂しいと思ったことはないなあ。これが普通だから」
「そっかあ」
一つも動じずに、広香はぽりぽりと頬を掻いていた。なんとも形容し難い切なさのようなものが、みなもの胸に広がった。
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