♡ 015 ♡
思考に隙間ができると、ギターが頭に浮かんでくる。それと一緒に、昨晩の記憶を切り取った結晶が、じんわり胸に溶けて染み渡る。その時広香は何かを探し当てたような、満ち足りた気分になるのだ。
ラインを交換した直後、俯き気味で
「今日も広香ちゃんのギターが聞きたいな」
とみなもが呟いた。遠慮がちに弱々しく、でも本当はどうしても聞きたいという物欲しさが滲んだ声色で、じっと広香を見つめた。
見兼ねた広香は、
「じゃあ、やっぱり今日もうちにくる?」
と少し屈んでみなもに目線を合わせる。
みなもの潤んだ瞳が、西陽に照らされて光を放っていた。丸く赤い、満月のような眼差しが信じられないほどに美しく、「こんな曲が書けたら」と広香は心の中でそう思った。
「ライン交換したのに、結局またこうなっちゃったね」
家に向かう途中で広香が言うと、隣でみなもは「だって」と頬を膨らませてみせた。
「広香ちゃんのギター、どうしても聞きたかったんだもん」
そう言って駄々をこねる子供みたいに地面を踏みつけた。今まで広香が努力で積み上げてきた演奏を、ここまで楽しみにしてもらえて悪い気はしなかった。
「明日も明後日も、明々後日もできることなら毎日聞きたい」
「そんなに?」
「広香ちゃんのギターすごいもん。わたしの耳の中でまだ鳴り止まないんだよ」
みなもが口にした言葉が、広香の中で何度も何度も反響した。しっかりそれを噛み締めて、忘れないように大事にしまった。
「ありがとうね。すごく嬉しいよ」
微笑む広香を見て、みなもも満足気に笑った。
「お邪魔します」
みなもは再び毛足の長い絨毯にそっと足を踏み入れた。吸い込まれるベッドに腰掛け、広香を待つ。
「すぐ準備するね」
ひょいとギターを取りみなもの横に座ると、広香は言葉少なに準備を始めた。昨日と同じようにチューニングをする。
弦の振動が六面体の内側を跳ね返り、耳元ではどくんどくんと脈動が聞こえた。窓の外では、昨日よりも早く太陽が落ちる。薄暗い赤から紫へ、そして夜の青へ、絵の具が混ざるみたいに空の表情が移ろう。
しんと部屋が静まり、広香がちらりとみなもに視線を送った。
そして昨日と同じように無言のまま弦を
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