♡ 005 ♡

「家どの辺なの?」

 きょとんとしたまま広香が問いかける。

 何となくこのままだと彼女と一緒にいられなくなるような気配を感じて、みなもは

「広香ちゃんは?」と聞き返した。

 広香は一度天を仰いでから

「ごめん、帰ってやりたいことがあるんだよね」

 と心苦しそうに頭を掻いた。

「そこを何とか!」

 やんわり断られても、間髪入れずに今日の勢いのまま食い下がる。


 猫のような可愛い顔でみなもが近寄ってきて、両手を組んでぎゅっと目をつぶり、お願いのポーズをしている。広香はたじろいで一歩後退りをした。

「わ、わかったよ」

 ギターに思いを馳せながら、彼女の押しの強さに耐えかねて広香は渋々応じた。


 校舎を後にして改めて広香が家の方面を伝えると、みなもは「同じだ!」と大袈裟に喜んだ。

 奇妙な偶然だ、と広香は戸惑いながら、みなものペースに合わせて歩みを進める。

「ねえ、家でやりたいことって何なの?」

 無邪気に聞いてくるみなもに戸惑ったけれど、誰にも言わないでよと前置きしてから

「ギターだよ」と答えた。


 ああ、これで噂が広まる。特に誰かに害を与えたつもりもないし、疎まれるような覚えもないけれど、あいつはギターをやるんだというレッテルを貼られてきっと面倒臭い行事か何かに巻き込まれるんだ。

 広香は反射的に心に蓋をして、ネガティブな妄想を断ち切った。


 「ええー! す、すごい! 広香ちゃんギター弾くの!?」

 びっくりするほど通る声が甲高く響いた。広香は思わずみなもの口を手で塞ぐ。

「声が大きい!」

 押さえつけられて不自由になった唇が、もごもご何か言っている。


 どうして話してしまったんだろうな。黙っておくこともできたのに。広香の頭に承認欲求の文字が浮かぶ。

 噂が広まるのが嫌で学校にギターを持ちこむのを我慢していたはずなのに、なぜか彼女には簡単に打ち明けてしまった。

 人間は矛盾した生き物だから仕方ない、と自分に言い聞かせて、広香は心に広がるその不快感をねじ伏せた。

 誰かに気づいてもらいたいといううっすらした希望が、彼女の無邪気なエネルギーに負けて引きずり出されてしまったのだ。


 広香の手の平から逃れたみなもが飛びつくように続けた。

「広香ちゃんのギター、見せてよ!」

 ビー玉みたいに透き通った瞳が、真っ直ぐに広香を貫いた。その無邪気さとあまりに強烈な可愛さが眩しくて、広香は腕をかざして遮った。



 

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