♡ 004 ♡
目の前を
みなもは揺れるショートボブを見つめていた。初めはいつも一緒にいる友達とかたまって走っていたけれど、途中でわざとペースダウンして群から離れた。広香が気になったから。追い越さずに少しだけ距離をとって後ろにつけた。そのつやつやした髪の毛を間近で見てみたかった。
彼女のことはあまり知らなかった。話しかけてくることもないし、話しかけづらいオーラを纏っているので、特別みなもからも声をかけることはしなかった。社交的な方だと自認しているけれど、その人の閉鎖した世界があるのに無闇に踏み込むのは躊躇われた。
でも今日は何となく、理由はわからないけれど体が動いた。気づいたら広香の隣に駆け寄り、ぽんと肩を叩いて
「広香ちゃん!」と声を出していた。
目をまんまるくした広香がみなもを見つめている。
——どうしよう。わたしはいきなり何をやっているんだろう。
広香の戸惑いの視線だけが注がれる沈黙の中、
「百瀬さん、どうしたの?」と彼女の口が動いた。
「た、体育だるいよね〜」
ぎこちないセリフ。頭の中でみなもは頭を抱える。
「そうだね、何のためにこんなことしてるんだろうって気になってくるね」
対して広香は至って普通に返してくる。あれ? 思ったよりも話しやすい子なのかも。みなもの中で緊張が解けた。
「今まであんまり話したことなかったけど、広香ちゃんの髪の毛が気になって声かけちゃった」
と言ってみると、広香が不思議そうな顔で
「なんで髪の毛?」と首を傾げる。
「遠くから見てたらつやつや光ってるなあって。近くで見たらもっと綺麗だった!」
みなもが笑いかけると、広香は照れたような驚いたような表情で小さく
「ええ? ありがとう」と呟いた。
初めて話した彼女の感情が垣間見えて、綺麗にリボンをかけられた手のひらサイズのプレゼントをもらったような感覚が、胸の中に広がった。
放課後、みなもはさっさと帰り支度をする広香に気がついた。玲奈やいつもの友達からの誘いを断り、さっさと教室から逃げていく広香を走って追いかけた。なんて歩くのが速い子なんだろう。体育で走っていた時よりも速度があった。
「広香ちゃん、待って!」
少し乱れた呼吸を抑えながら、広香に声をかけた。
「百瀬さん?」
足を止めて広香が振り返った。
「一緒に帰りたい!」
みなもは必死な声色で訴える。今自分の意思なのか衝動なのかもわからないまま、なぜか一生懸命になっていた。
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