♡ 003 ♡

 屋上のつめたいコンクリートの上で弁当箱を開けた。広香が自分で詰めた真っ白なご飯に、味気のない冷凍食品。親からもらった小遣いで材料を買い、毎晩さっと詰めている。

 そよ風の音だけが響く秋の空が気持ちよかった。雲がゆっくり流れている。


 クラスメイトに囲まれたまま休憩をとるのは、広香にとって苦行だった。チャイムが鳴ったら立ち入り禁止の屋上にこっそり潜り込むのが日課だ。いくつかのグループに分かれて食卓を囲い、きゃあきゃあはしゃいでいる女の子たちの声は、広香にとっては騒音だった。


 これまで広香は何度となく、屋上で過ごすこの一時間にギター練習を採用できたらどんなにいいかと悩んでいた。ただ、大事なギターを学校に持ってくるのは壊すのが怖くてできなかったし、周りに好き勝手噂されるのも嫌だった。

 だから今はただ弁当をつまみつつ、エアギターを抱いて作りかけの曲のことを考えている。


 食べ終わった弁当箱を巾着袋に片して、日陰のコンクリに寝そべる。午後一番で嫌いな体育の授業もあることだし、今日はもう帰ってしまおうか。そんなことを思いながら広香は束の間の眠りについた。


 昼休み終了のチャイムで目を覚まし、広香は急いで教室に戻った。最短で身支度をし、駆け足でグラウンドに出る。さっきは投げやりだったから、アラームもかけていなかった。そういう節があるのを自分で分かっていながら、この怠惰な癖を正してこなかった。


 授業の内容は延々とグラウンドを回り続ける退屈なものだった。ノルマを無視してだらだら走り、時間が過ぎるのをひたすら待った。ペースを守って真面目に走る男子生徒に追い抜かれ、次は女子の塊に追い抜かれた。

こんな時でもお喋りを忘れないのはある意味女の子の才能とも言える気がする。


 後ろで広香と同じようなペースの足音がしばらく続いた。ちらっと横目で確認すると、へとへとになった百瀬みなもと目が合った。気まずそうに顔を逸らされる。

 初めて彼女の名を聞いた時は清涼な雰囲気で素敵だと思った覚えがある。顔立ちも整っていて、瑞々しさとその愛らしさが、名前をそのまま体現していた。男子からも女子からも人気があり、周りには必ず誰かがいた。

 しかし、用がないと人と関わることをしない広香は、一度も言葉を交わしたことがなかった。

 みなもに見られている緊張感で背筋が勝手に伸びる。広香は前を向き直し、さっきよりもいいフォームで走り続けた。

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