♡ 006 ♡

 ついに大事な時間に邪魔が入ってしまった! という後悔と、どこか満たされるような恥ずかしいような気持ちが入り混じり、広香は胸の中がむず痒かった。


 期待の眼差しで待つみなもに、

「じゃあ、うちまで来る?」

 と返事をした。これからこの子にわたしのギターを見せる。高校に入ってから小遣いを貯めて、なけなしの三万ちょっとで買ったあのギターは人生で一番大切で、勉強よりも友達よりも、家族よりもずっと広香のそばにあった。その姿を家族以外の誰かに晒すのは、これが初めてになる。


 緊張と高揚で広香の背筋は強張った。とんとん拍子でいきなり結ばれてしまった約束に、心臓が大きく脈打つ。

 輝く目をさらに輝かせて、目一杯の笑顔になったみなもが「うん!」と勢いよくうなずいた。


 玄関で靴を脱ぎながら、みなもは尋ねた。

「ご両親はまだ帰ってこないの?」

「うん、二人とも毎日遅くまで仕事してる」

 さらっと広香の口からこぼれてきた言葉は、からからに乾いていた。その言葉には期待も諦めも感じられなかった。

「そうなんだ。大変だね、帰ってきたらよろしく伝えてね」

 みなもは当たり障りのない言葉をかける。今日できたばかりの浅い関係性では、彼女の抱える何かに踏み込む材料として不十分すぎた。

「別に大丈夫だよ」

 そう言った広香の表情はけろっとしていてる。杞憂だったのかもしれない。そう思い込もうとして、みなもは一旦喉の奥に引っかかったそれを飲み込んだ。


「広香ちゃんの部屋はどっち?」

 広香に案内されて、二階へ上がった。

「ここだよ」

 木目の綺麗なドアを開けて、広香はみなもを中へ促す。

 広香の家に来る前とは打って変わって、みなもはそっと声を潜めた。

「お邪魔します」


 夕焼けの差し込む部屋に小ぶりな学習机とベッド。机の上には雑にノートが広げられていて、筆記用具がいくつか転がっている。

 カーペットは柔らかい動物の毛並みのようにふわふわで、踏んでしまうのが可哀想だと思った。


 そしてベッドのすぐ横に、赤茶の木でできたアコースティックギターが立てかけられている。みなもは恐る恐るそれに近づく。

「これが広香ちゃんのギターかあ……!」

 陽の光でオレンジ色に光っている。

 広香は、はにかみながら得意気に言う。

「可愛いでしょ?」

「うん、すごく可愛い。こんな色でこんな可愛い形のギター、初めて見た!」

「これは楽器屋で一目惚れして、ずっと狙ってたギターなの」


 広香はひょいと軽そうにギターを持ち上げると、ベッドに座って膝の上にそれを乗せた。

「こっち座って」

 広香に招かれて、みなもはどきどきしながら広香のベッドに腰掛ける。すごくふかふかしていて、体が吸い込まれそうだった。

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