SS:露崎澪音

 ある日の朝。

 いつものように俺と千春、星野で話していると、そこに露崎澪音が来た。


「おはよう、澪音」


「おはよう……」


 そう答えたが、声に覇気が無い。そのまま、自分の席にふらふらと向かっていった。


「どうしたんだろ?」


 千春が言う。


「寝不足か? テストも迫ってるし」


「そうかも」


 千春が露崎のそばに行き、一言二言話してすぐに帰ってきた。


「なんだって?」


「体調は大丈夫。心配しないでって」


「そうか」


 でも、あまり顔色は良くないように見えるけどな。


◇◇◇


 休み時間も露崎は肩肘をついてぼーっと外を眺めているようだ。


「どうしたんだろうね」


 千春が言う。


「さあな」


「もしかして……私たちのせいなのかな」


 千春はすぐにこういうことを気にする。俺たちは付き合いだし、今も順調だ。一方、露崎は片思いを続けると言っているけど、そろそろ限界なのかも知れない。けど……


「だとしても千春が気に病むことはない」


「でも……」


「自分を第一に考えろって言ったろ」


「う、うん……」


 そう言ったが納得していないようだ。


「話すとしても昼休みにしたらどうだ? 休み時間じゃ短いし」


「……それもそうだね」


 千春はそれで納得してくれた。


◇◇◇


 そして、昼休み。

 露崎は俺たちの席にやってきて、いつも通りに写真部の部室に一緒に向かった。だけど、口数は少ない。


 部室に入るとすぐに千春が聞いた。


「澪音、やっぱりなにかあったの?」


「千春は気にしないで」


「無理だよ。親友がそんなに悩んでるんだもん」


 そう言うと澪音は少し笑った。


「親友か……ありがたいな。でも……言えないよ」


「言ってよ! 何か悩んでるんでしょ? 言ってくれないと怒るよ!」


「いや、言えないって」


「澪音!!」


 千春が仁王立ちして腕を組み、露崎をにらむ。その様子に、星野も美空ちゃんも西原も心配そうだ。


「……千春が言えって言ったんだからね。言っても怒らないでよ」


「怒らないよ。だから言って?」


「分かった。昨日、見ちゃったのよ。それがショックで……」


「何を?」


「千春と黒瀬君がキスしてるところ」


「!!」


 千春が目を見開いた。


「え? どこで?」


 星野がすぐに食いついてきた。


「教室。昨日、忘れ物取りに戻ったでしょ?」


「あー、そうだったね。でも、一緒にカフェ行った後だし、結構遅い時間だったよ。その時間まで千春たち、残ってたの?」


 星野が聞く。


「う、うん。テストも近いし勉強会しようってことになって……」


 千春が言う。


「それはいいけど、なんでそれがキスしちゃってるのよ」


「晴真が……誰も居ないからって」


「はあ? 千春がキスしようって言ったんだろ?」


「だって、そんなこと言ってくるのってキスしたいってことでしょ?」


「ち、違うわ! 誰も居ない教室なんて珍しいから言っただけで」


「そうだったんだ……私てっきり……」


「でも、キスしちゃったんですね?」


 それまで黙っていた美空ちゃんが聞く。


「う、うん。つい……」


「そこを見ちゃったのかあ。澪音、ついてないねえ」


 星野が同情するように言った。


「うん……それがやっぱりショックで……」


「澪音、ごめん」


 千春が謝る。


「別に謝らなくていいよ。恋人同士だし……キスぐらいしても。でも、私、それを見てこんなにショック受けるぐらい黒瀬君のこと好きなんだなあって思ったら……何も考えられなくなって……」


 露崎はうなだれる。その頭を星野が優しくなでていた。

 美空ちゃんが言う。


「黒瀬先輩、有罪ですね」


「なんでだよ! 俺が有罪なら千春もだろ!」


「いえ……千春さんは周りが見えなくなっているので仕方ありません。いつも冷静なはずの黒瀬先輩が気を付けているべきでした」


 そう言われるとそうかもしれない。俺も千春しか見えていなかった。


「わ、悪い、露崎」


「ううん、でも……黒瀬君、一つお願いがあるの」


「なんだよ」


「私、このままじゃつらすぎて……もう黒瀬君のことを諦めたい。私を諦めさせるようなことを言ってよ」


 露崎は目に涙をためながら言った。


「そうか……」


 俺も露崎には俺のことを諦めて欲しい。だけど、何と言えばいいんだろう。


「えー……露崎」


「はい」


「俺はお前のことが嫌いだ。だから諦めろ」


「う……やっぱり黒瀬君、好き!」


 しまった。こいつ、嫌いと言われるほど燃える女だったか。

 そうか……だったら、こうしたらいいんだ。


「露崎、今のはやっぱり嘘だ」


「え?」


「俺はお前が好きだぞ」


「「「え!?」」」


 俺がそう言ったとき、周りの女子達が一斉に立ち上がった。

 だが、露崎はうつむいている。ふっ、やっぱり、これは効果がありそうだ。


「黒瀬君、ほんと?」


「ああ。俺は露崎が好きだ」


「く、黒瀬くぅーん!!」


 そう言って露崎が俺に抱きついてきた。


「ちょ! お前! 嫌いって言われるのが好きって言ってたろ!」


 俺はくっついてくる露崎を無理矢理引き離す。


「でも、好きって言われるともっと好きになってきちゃった!」


「お前!! 何言ってるんだ!! 話が違うぞ!!」


 そこに千春が割って入る。


「晴真! 私がありながら何言ってるのよ! 一人の女子を好きになるんじゃなかったの!」


「ち、違う! 誤解だ!」


「『露崎が好き』ってはっきり言ったじゃない!」


「だから、違うんだって!」


「黒瀬先輩、見損ないました!」

「黒瀬、サイテー」

「黒瀬君、そういう人だったんだ……」


「違うからな!」


 誤解を解くために昼休み一杯を使ってしまった。


「……つまり、澪音に嫌われるためにそんなこと言ったの?」


「そういうことだ」


 ようやく千春は納得したようだ。しかし……


「ふふっ、そういうことにしておいてあげる。私を好きな黒瀬君」


 露崎は満面の笑みだ。


「お前、すっかり元気になったな」


「もちろん! 好きな人に好きって言われちゃったから! ふふ!」


 露崎が元気になって良かったのか悪かったのか……


「澪音は元気になったけど……何か納得いかないなあ」


 千春が言う。


「だったら、気が済むまで俺を殴れ」


「いいの?」


 千春が肩をまわしはじめた。


「い、いや……手加減はしろよ」


「じゃあ、軽くいくね……晴真のバカ!」


「アイタ!」


(SS:露崎澪音 完)


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