SS:緒方千春
いつもの帰り道。千春が唐突に言った。
「晴真……今日、家に誰も居ないんだ」
「え!?」
「両親ともに遅く帰ってくる予定だから……」
「そ、そうか」
「だから……家に来ない?」
ずっと前に星野の前で一芝居うったときに聞いた台詞が繰り返された。もちろん、今度は演技ではない。
「わ、わかった」
俺は千春とともに最寄りの停留所で電車を降りる。
いつもなら軽口の一つや二つ、出るところだが、今日はお互いに何も話さず歩いていた。俺も千春も緊張している。
しかし、家に親が居ないときに俺を誘うって……そういうことだよな。
俺も人並みの知識はあるが、千春が初カノだし、当然、未経験だ。
千春はどうなんだろう。でも、一条とはそういう関係じゃなかったようだし、だとしたら他の男となんてあるわけもないだろう。だったら、やっぱり未経験か。
お互い未経験だと大変そうだが……そこは探り探りで……いや、でも、そういえば準備はしているのだろうか。
「ち、千春……」
「何?」
「お前さあ……準備してるのか?」
「準備?」
「うん……今からやることの」
「え? 準備とかしてないよ。急に親が遅くなるって連絡してきたし」
やっぱりしてないのか。仕方ない。
ちょうど目の前にコンビニがあるし。
「千春、ちょっと買い物があるから待っててくれ」
「うん。私も行こうかな。お菓子買いたいし」
「い、いや……俺だけで行くから。お菓子は俺が買ってくる」
「そう? ありがとう」
さすがに彼女と一緒にアレを買う勇気は無かった。必要だと思うけど、もし千春に全くその気が無かったら絶対引かれるだろうし、とりあえずこれを買ったことは千春にも内緒にしておこう。
俺はいつもはもらわない袋をもらい、それにお菓子を入れ、アレをカバンに無理矢理押し込んだ。
「い、行こうか」
「うん」
◇◇◇
「さ、入って」
「お邪魔します……」
俺は初めて千春の家に入った。
「私の部屋はこっちだから。でも、ちょっとだけ待っててね」
そう言って千春は自分の部屋に入った。片付けでもするのだろう。
「これでよし、と。どうぞ!」
千春が部屋に入れてくれた。そこは俺が想像したよりももっと女子色が濃い、まさに女子の部屋だった。ピンクのカーテンに多数のぬいぐるみ。それに洋服が掛けてある。
「飲み物持ってくるから座ってて」
「お、おう」
俺は落ち着かないまま、腰を下ろした。しかし、これが千春の部屋か。緊張するな。そう思いながら机の上をふと見ると、そこに写真立てがあった。そこにあったのは……俺の写真!?
千春に写真を撮られた記憶は無い。いつ撮ったんだろう。どうも登校中に撮った写真らしい。それも望遠レンズっぽい。こんなカメラを千春は持ってるのか? 室内を見回すがそれっぽいものはない。だったら、どうして……と、そこまで考えて気がついた。
望遠レンズを持っていて、こんな盗撮めいたことをするやつを一人知ってるな。まさか――
「お待たせ!」
そこに千春が飲み物を持って戻ってきた。
「千春、この写真……」
「あ! それはダメ!」
そう言って写真を取り返そうとする。俺はそれを素早くかわした。
「ダメだったら!」
「どうしたんだ、この写真」
「う……」
「美空ちゃんだろ」
「うん……連絡先交換できたお礼にってくれたの」
「まったく……写真ぐらいいつでも撮らせてやるのに」
「ほんと?」
「当たり前だ」
「じゃあ、撮ろうよ! 2ショット!」
「お、おう」
撮らせてやるとは言ったものの、女子と2ショットなんて経験無い。
千春は俺に顔をグッと近づけてきた。
「ち、近くないか?」
「じゃないと入らないって。ほら」
「う、うん……」
千春は俺と触れあうぐらいに顔を近づけ、写真を撮った。
「ふふ、やった!」
「よかったな」
「うん!」
そう言って俺の方を見たときだった。俺と千春の顔がすごく近い。
「ち、千春……」
「晴真……」
千春が目をつぶった。
これは……そういうことだよな。俺は千春にそっと口づけした。
「今、キスしたよね?」
千春が目を開けて言う。
「え!? そ、そういう雰囲気だったよね!? まさか違った!?」
やばいぞ。俺の勘違いか!? 不同意だったのか!?
「違わないよ。でも、一瞬だったから」
「それはそうだったけど……」
「もっとしっかりしていいんだよ」
「そうなのか?」
「うん。って、私も初めてだけどね。でも、ドラマとかだともっと『ぶちゅー』ってやってるでしょ?」
「ぶちゅーってか」
「うん。ぶちゅーって。だから……」
そう言ってまた目をつぶる。俺は今度はしっかりと……俺的にはぶちゅーっとキスをした。
再び千春が目を開ける。
「これでいいか?」
「うーん……」
「え、まだ足りなかった!?」
「うん、全然足りないよ」
「じゃあ、これならどうだ!」
俺はまだ目を開けている千春の唇を奪う。
「ん……」
千春が声を出した。それがさらに俺を燃やす。そこからは長いキスの始まりだった。
「……これで満足か?」
長いキスを終え、ようやく俺は唇を離した。
「まんぞく……頭、とろけちゃった。晴真は?」
「……俺もそんな感じだ」
「よかった!」
そう言って抱きついてくる。
「お、おい……」
まさか、ここから次のステージなのか……
「晴真大好きだよ」
「俺もだ」
俺も抱きしめ返した。千春の体温と心臓の音がダイレクトに伝わってくる。
俺たちはしばらくそうしていた。
しかし、ここからどう進めたらいいんだ。さすがにわからない。千春は分かっているのだろうか。さっきも千春がリードした感じだったし、このまま千春に任せた方がいいのかも。そう思ったとき、千春が耳元でささやいた。
「晴真……」
「な、なんだ?」
「そろそろお菓子食べようか」
お菓子? それって何かの隠語か?
「お腹減ってきちゃった」
「そ、そうか」
本当にお菓子のようだ。俺たちはハグをやめ、買ってきたお菓子を食べ出した。
千春はそれからは普通に学校の出来事や勉強のことを話し出す。どうやら、今日はここまでか。俺が期待しすぎていたのか。いや、そんなに急に進むのも変だろう。これぐらいでちょうどいいだろう。
「晴真、どうかした?」
「いや、なんでもない」
「そういえば、晴真、かばんにお菓子、隠してなかった?」
「はあ?」
しまった。コンビニでアレを鞄に入れたのを見られていたか。
「あとで自分一人で食べようって思ってるんでしょ」
「ち、違う」
「ダメだよ。一緒に食べよ」
千春が俺のカバンを取る。
「ちょ! お前!」
「ふふ、どんなお菓子かな……え?」
「だからやめろって……」
「は、晴真……まさかそこまで考えてたの?」
「違う! 万が一に備えてだなあ」
「ふうん。ならいいけど……さ、さすがに今度にしようか」
「そ、そうだな」
俺も千春も赤くなっていた。
「これは俺が持って帰るよ」
「ダメ!……私が保管しておくからね」
「そ、そうか」
俺が持って帰ることは固く拒否された。
(SS:緒方千春 完)
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