第一部前半

第2話

「トシちゃま、あ〜ん♪」


 状況が理解できない。ここはどこだ?なぜ俺は生きている?

そして――なぜ子供の姿になっている!?


「んぐっ…!?あ、あつ…!」


 熱いスープを無理やり突っ込まれる。舌の感覚、温度、匂い

――全てが本物だ。


(……まさか、俺…生まれ変わったのか…!?)


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 父と母らしき人物、そして医師が去った後、歳三は天井を見上げたまま呆然としていた。先程聴こえた、「バラガー家の長男」、という肩書き、そして「トシ」という名前。信じがたいが、別の人間に生まれ変わってしまったようだ。それ以外にこの状況を説明する術がない。


(だとしても、ここはどこだ…?)


 部屋の調度、聞き慣れぬ名前。

日本ではない――おそらく、西洋の名家だろう。


「…気になるな。」


 ベッドから起き上がると、トシは本棚へと向かった。本棚に並ぶのは、革張りの分厚い書物から、彩色豊かな絵本まで様々だった。


 手に取った一冊――鮮やかな金の箔押しが施され、可憐な少女が剣を掲げる表紙の本。


「…しゃーろっとの…?」


 途中までは読める。だが、それ以外の文字は見慣れぬ形で、頭の中で意味にならなかった。


(…俺、読めない字があるのか…?)


 興味が湧き、他の本もめくってみる。やはり、読める箇所と読めない箇所が混じっている。どうやら、まだ幼いからか、読める字と読めない字があるようだ。


(…まずは文字から覚える必要がありそうだな。)


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 父と母の寝室の扉を開けると、香油の香りが鼻腔を満たした。

奥のソファーで母――ハオが刺繍をしていた。濃い紫色の髪に、柔らかな笑み。貴族の女性らしい、凛とした気品を帯びている。


「…母上。」

「あら、トシちゃま。もう歩いても大丈夫なの?」


 頷き、絵本を差し出す。


「これ、読めないところがあって…字を覚えたい。」


 一瞬、驚いたように目を瞬かせた母ハオ。やがて、嬉しそうに微笑んだ。


「ふふ…病気になる前は、よくこうしておねだりしていたわね。

――わかりました。今夜から、眠る前に読んであげます。」


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 その夜。トシはベッドの上で、母の胸に抱かれ、読み聞かせを受けていた。

窓の外では小雨が降り、その音が心地良い。物語の響きと共に、見知らぬ文字が少しずつ意味を持ち始めた。


「むかしむかし――この国に、やさしいおひめさまがいました。

なまえは、シャーロット。」


 優しく、美しい声が部屋に響く。母の声は、戦場とは無縁の、安らかな夜を運んでくれた。トシはその響きに、不思議と心が落ち着けられるのを感じていた。


 まずは王女の旅立ちから始まり、ページをめくるたびに、エルフの王子やその妹、ドワーフの戦士、獅子の若者、そして魔族の老人たちと、次々と仲間が増えていく。


 やがて北の果てで「時の魔女」と戦った一行は勝利を収め、国へと凱旋する。


「…そして、シャーロットは、森のエルフの王子と結婚し、いつまでも仲良く暮らしました。めでたし、めでたし。」


 ハオが読み終えると、部屋はしんと静まり返った。


(ゆうしゃ?しゃーろっと?。えるふ?の皇子と妹、どわーふ?の戦士、獅子の若者、まぞく?の老人たち…。)


 聞きなれない言葉の数々に頭が混乱する。


(…今日はもう疲れた。言葉を覚えるのは明日からにしよう。)

「おやすみなさい。母上。」


 ベッドに身を預けると、すぐに瞼が重くなり、意識は眠りへと落ちていった。

ハオはそんな息子の顔を見て、柔らかく微笑む。


「おやすみなさい、トシちゃま。よい夢を…。」

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