第27話 閉ざされた屋敷、閑寂の裏側



 クロウフォード侯爵家の別邸での生活が始まって数日が経った。

 雨は一向に止まず、空は依然として雲に覆われている。湿度の高い空気が辺りに立ちこめ、まるでこの屋敷全体を呪縛するかのように重苦しい雰囲気を漂わせていた。ルシアーナ・クロウフォード(旧姓フィオレット)は、屋敷内を自由に動けるとはいえ、実質的には“青の部屋”を中心とした狭い行動範囲に閉じ込められていた。

 使用人たちの態度は、相変わらず必要最低限の対応にとどまる。挨拶をしても、返事はそっけなく、どこか警戒心を滲ませている者も少なくない。まるで、屋敷の主人ヴィクトルから「夫人に無用な接触をするな」というお達しが出ているかのように思えた。


 (このままでは何も分からないままだわ……)


 ルシアーナは曇りガラス越しに雨の庭を眺めながら、深く息をつく。ここへ嫁いできたのは、ほんの数日前。にもかかわらず、あの黒狼のリュシアンが現れ、激しい押し問答の末に去っていくという事件が起きた。屋敷の使用人の動揺や、ヴィクトルの苛立ち具合を見る限り、あれは氷山の一角にすぎないと感じられる。

 愛情のない夫婦関係どころか、敵対組織との衝突まで抱える家の現状は、ルシアーナにとって想像以上に厳しいものだった。もしヴィクトルが、今後も黒狼との戦いにのめり込んでいくなら、それはフィオレット家にとっても大きな危険に繋がる。そう直感するほど、リュシアンの態度は異常なまでに攻撃的だったのだ。


 「……こんな状態で、“ざまぁ”を返すなんて、本当にできるのかしら」


 ぼんやりと窓を眺めながら、ルシアーナは自嘲する。自身が嫁ぐことで伯爵家の借金は返済されたが、だからといって伯爵家の将来が約束されたわけではない。下手をすれば、クロウフォード家が黒狼に敗れたり、あるいはヴィクトルが何らかの形で破滅するような事態になれば、連動してフィオレット家も危機に陥る可能性があるのだ。

 (……だからこそ、こんなところでじっとしてはいられない。わたしが動かなくては)


 使用人の話や、偶然目にした書類の断片から考察するに、“黒狼”は裏社会で暗躍する一大組織のようだ。そしてヴィクトル・クロウフォードは、過去に何らかの形で彼らと手を組んだ、もしくは利害が絡んだ一件を抱えているのではないか。それが破談になり、今は敵対関係にある――そう推測できる。

 ルシアーナは、髪を束ねたリボンを軽く引き締めるように触れながら、胸の奥で静かに意欲を燃やした。


 (黒狼が何を狙っているのか、そしてヴィクトルが何を隠しているのか――わたしがそれを探って解決することができれば、この愛のない結婚生活にも“活路”が見えてくるかもしれない)


 怯えているだけでは、いずれ全てが呑みこまれてしまう。彼女はあくまで“伯爵令嬢”であり、ここにただの囚われ人として存在しているわけではないのだ。形だけの契約でも、自分で切り拓く道を見つけようと決意する。そうしなければ、せっかく背負った犠牲が報われない。



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