第26話 白い結婚の行方と、始まりの一歩

 翌朝、雨は弱まったものの、空は厚い雲に覆われていた。そんなどんよりした空気の中、ルシアーナはひとり、屋敷の裏庭に立っていた。メイドに案内され、朝の散歩と称してこの一角だけは自由にしていいと許可されたのだ。

 庭には噴水や花壇があるが、ほとんど手入れが行き届いておらず、雑草が生い茂り、噴水も水が濁っている。クロウフォード家の栄華が伺えるようで、同時にその内情が荒んでいる証拠でもあるのかもしれない。


 (ここで生活しているだけでは、きっと何も分からないし、何も変わらない。わたしにできることは……自分で動くしかない)


 雨に濡れた花壇の土を見つめながら、ルシアーナはそう考えていた。愛情もなく、ただ契約で繋がれた白い結婚が、いつまで続くか分からない。夫と呼ぶにはほど遠いヴィクトルは、危険な闇を抱えたまま孤立しているようにも見える。

 ――だが、ルシアーナには目指すべき目的がある。フィオレット家の借金は確かに清算されたが、伯爵家の復興はまだ道半ば。いつか彼女が“ざまぁ”と笑える日は来るのだろうか。クロウフォード家で得られる力を利用し、家族や使用人たちを守る術を得なければならない。そのためには、この冷たい契約を“形だけ”で終わらせてはいけないのかもしれない。

 (ヴィクトルが何を考えているのか、そして“黒狼”のリュシアンは何を企んでいるのか。――わたしの手で突き止めてみせるわ)


 そう決めたとき、ルシアーナの瞳には微かな決意の炎が宿る。

 白い結婚――愛のない契約に縛られたはずの彼女が、ここに来て“意思”を抱き始めている。もしこのまま、ただ大人しくヴィクトルの言うとおりにしているだけなら、自分は本当の意味で失われてしまうだろう。けれど、彼女は伯爵令嬢としての“矜持”を捨ててはいない。

 その足元で、雨粒をたたえた花のしずくが一つ、地面に落ちる。まるで、ルシアーナの心を象徴するかのように儚く、そして静かだ。


 そして物語は、さらなる嵐へ向かって――


 こうしてルシアーナとヴィクトルの「白い結婚生活」は幕を開けた。

 互いに冷酷な契約を盾に取り、すれ違いを重ねる夫婦。そこに忍び寄る謎めいた組織“黒狼”。この結婚の先に待ち受けるのは、破滅か、それとも新たな希望か。

 フィオレット家の誇りを守りながら、ルシアーナは自らの手で運命を掴もうと決心する。愛を期待しないはずの結婚のなかで、彼女が見出す“ざまぁ”の瞬間は、まだ遠いようでいて、すぐそばまで来ているのかもしれない。

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