第7話 挙式に向けた準備と、ささやかな思惑


 結婚式は6日後、クロウフォード家が所有する郊外の礼拝堂で行われることが内々に決まっていた。大々的な披露や招待客の饗応は行わず、貴族にあるまじき地味な式で済ませるというのがヴィクトルの方針だ。社交界の注目を浴びたくないのは、フィオレット家としても同じである。債権者に知られれば余計な騒ぎを起こしかねない。ルシアーナの心中にも、必要最低限の挙式で構わないという想いがあった。


 一方で、クロウフォード侯爵家からは、婚礼に関する細かい指示がいくつも届いていた。ドレスの色や形、当日の段取り、同行する使用人の人数、挙式後に新居へ移動するスケジュール――すべてが徹底的に「効率」を重視したものだった。ルシアーナはその書類に目を通しながら、あまりの事務的かつビジネスライクな記述に、思わず苦笑してしまう。


 (さすが、“氷の侯爵”……。結婚という人生の大事すら、ビジネスの一環として捉えているのね。これなら、ほんとうに愛なんて微塵も望めないかも)


 そう嘆息しながらも、ルシアーナは気を取り直し、挙式当日のイメージを頭の中で描いてみる。せめて自分が纏うドレスぐらいは、娘としての最後の意地を見せたいところだ。クロウフォード家からは「白を基調とするシンプルなデザインであれば問題ない」と指示されていたが、ルシアーナとしては、どこかにフィオレット家のモチーフを入れたいと思っていた。


 伯爵家の紋章は、薄紫色の花をあしらった優美なデザインだ。かつての当主が、庭に咲く花を愛でていたのが由来だという。それがフィオレット家の象徴でもある。今のように没落しつつある状況でも、その家名を捨てるわけにはいかない。まして、ルシアーナの“これから”を賭ける日である以上、どうしても誇りを示したい。


 「クロウフォード家からのチェックが厳しいでしょうけど、メインの生地が白であれば、多少の装飾は大丈夫なはず。……作りかけのあのレースを活かせないかしら」


 ルシアーナは屋敷の奥にある作業部屋へ足を運んだ。そこには、過去に使いかけだったレース生地がいくつも保管されている。フィオレット家では、伯爵夫人が趣味で刺繍をしていたこともあって、質の良いレースが少なくなかった。しかし、今では家計が苦しいあまり、なかなか手を伸ばす余裕がなかったのだ。


 「……ここに、フィオレット家の紋章を描いたレースがあったはずなんだけど」


 ルシアーナが物色していると、メイドの一人がそっとやってきた。歳はまだ若いが、器用な縫製が得意な娘だ。彼女はルシアーナの目的を察したのか、小さな声で言う。


 「お嬢様、お探しのものはこちらでしょうか。先代の伯爵夫人……つまり、奥方様(フロランス様)が昔、刺繍されていたレースです」


 そう言って差し出されたレースには、確かにフィオレット家のモチーフがあしらわれていた。薄紫色の花びらが見事に描かれ、その周囲を優雅な曲線で縁取っている。シルクの手触りが心地よく、長年保管されていたわりに、しっとりとした輝きを失っていない。


 「……これだわ。これを使えば、クロウフォード家の規定に抵触することなく、わたしらしさを加えられそうね」


 ルシアーナはそのレースを宝物のように抱きかかえた。ささやかではあるが、これも自分の意地だ。もしクロウフォード家から叱責が来ても、挙式までに強行してしまえばどうということはない。少なくとも、ルシアーナは自分の花嫁姿を“ただの白いキャンバス”のまま終わらせたくはなかったのだ。


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