第2話報われない思い
部屋に戻ると、リディアがすぐにドアをしっかりと閉め、ほっとしたように小さく息をつく。外からの視線や耳があるかもしれない以上、こうしてプライベートな空間で話せるのは限られた時間だけだ。リディアは手際よく湯を沸かし、ルシアーナにハーブティーを淹れて手渡した。その湯気の立ち昇る優しい香りが、少しだけ張り詰めた空気を和らげる。
「お嬢様……本当に、これでよろしいのですか? あのように冷たい方と、形だけとはいえ結婚をなさるなんて……」
リディアが心底心配そうに声を掛けてきた。ルシアーナは、彼女の温かさに胸が締め付けられる思いだった。昔から、リディアはルシアーナの気持ちを誰よりも理解してくれる人だ。だからこそ、今の状況を見ていると苦しいのだろう。ルシアーナは苦笑しながら言う。
「そうね……わたしも、まさかこんな形で結婚することになるなんて、夢にも思わなかったわ。……だけど、仕方ないのよ。このままでは、わたしたち家族も、使用人の皆も行き場を失ってしまう。誰ひとり路頭に迷わないようにするには……クロウフォード家に頼るしかないの」
それが冷徹な事実だ。ルシアーナにとっては自らの幸せを犠牲にすることになるかもしれないが、伯爵家の存続と引き換えだと考えれば、まだ納得できる。それに、ルシアーナの内心にはもう一つ、譲れない思いがあった。自分の父が守ろうとしたフィオレット家を、ここで終わらせてなるものかという執念のようなものだ。
「結婚——いえ、白い契約なんて言われているわね。愛情を伴わない契約結婚を指して、人は“白い結婚”と呼ぶそうだけど……ほんとうに、わたしと彼の間には何もない。ただのビジネスよ」
そう呟くルシアーナの声には、どこか空虚な響きがあった。リディアは何か言いたげに唇を噛むが、結局、それ以上は何も言わなかった。ここで泣いて縋られたところで、事態が好転するわけではないと分かっているからだ。
ひとまずルシアーナは椅子に座り、ハーブティーを一口含んだ。温かな香りと柔らかな味わいが、少しだけ心を落ち着かせる。1週間後には、ヴィクトルの花嫁となる。その事実はどこか現実味がなく、まだ夢の中の出来事のようだった。
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