第5話【初戦。】

 すっかり陽も落ちて御神洞ごしんどうの中が薄暗くなると、水面に浮かぶ蓮によく似た大きな花が微かに淡く光りだした。どこからか蛍のような光も漂い始め幻想的な景色を作り出す。異世界組がその景色に見惚れている頃、カティリアが屋敷の灯りに火を灯し始めた。


袮雪ねゆき

「綺麗だねぇ。あれって蛍かな?」


少年

「ホタルは知らないけど、あの浮いてる光の粒は妖精だよ」


袮雪

「へぇ?ところできみの名前はなんて言うのかな?カティリアくんはヨトって呼んでたみたいだけど」


ヨト

「俺はヨト・アルーシャ」


袮雪

「ヨトくんね。俺は袮雪。そっちは天花てんか、そっちは銀鈴ぎんれい、リクちゃんと遊んでるのが露草つゆくさ睡蓮すいれん白藤しろふじね」


ヨト

「そんないっぺんに言われてもわかんねぇよ」


袮雪

「そらそうだw ヨトくんはいつもここに居る訳じゃないの?」


ヨト

「普段は聖なる支配者ホーリールーラーに潜入してるんだ。そこの情報をカティリアに流してる」


袮雪

「ふぅん?ふたりだけで何してるの?」


ヨト

聖なる支配者ホーリールーラーの作戦場所に作戦実行日の前日に潜入して、そこの住人をこのルノマに連れて来てる。今はそれだけしかしてない。ていうかできないしな」


袮雪

「住人の保護ねぇ」


ヨト

「でももう集落の容量がパンパンになってんだよね」


袮雪

「そりゃそんな事してたらあっという間だよ」


ヨト

「わかってはいたんだけどな」


 のんびり喋っているふたりの隣でぼーっと景色を眺めている天花がぼーっとしながら袮雪を呼ぶ。


天花

「袮雪よォ」


袮雪

「ん?なに?お姐ぇ」


天花

「死んだモノの身体の一部があったとして、ソイツを生き返らせる方法ってなんかあるのか?」


袮雪

「死者蘇生は基本禁忌でしょ。何言ってんの」


天花

「ごく一部の人間を除いてだろ」


袮雪

「それでも生き返らせる条件は厳しいよ。何を生き返らせたいの?」


天花

「カミサマ」


袮雪

「はぁ?神様?」


天花

「そ。カミサマ」


袮雪

「もう少し詳細が分からないと。何ともなぁ」


天花

「カティリア、ちょっとこっちに来い」


カティリア

「はい?なんですか?」


天花

「こいつに生き返らせたい神様のこと教えてやってくれ」


カティリア

「え?あ、はい。生き返らせたいのはこの辺り一帯を治めていた光を司る神様、シャイニーエンペラー様という神竜様です」


袮雪

「神竜、か。で、その肉体の一部は今どこにあるの?」


カティリア

聖なる支配者ホーリールーラーのヒノワという女性が持っています。ですからまずはそれを手に入れるところから始めなければなりません」


袮雪

「神様が殺された時の状況って詳しく分かる?」


カティリア

「…ボクには、わかりません。すみません」


ヨト

「俺もよくは知らない」


袮雪

「物理的に息の根を止めたのか、何かの術で呪い殺したのか、魂ごと消滅させたのか、それが分かれば良いんだけど」


ヨト

「魔法術で呪い殺した、が近いかな。一度聖なる支配者ホーリールーラーの城に持ち帰られた死体を遠目から見たことがあるけど傷らしい傷は無かった」


袮雪

「そう。…この地下って神域でしょ?ちょっと視て来ていい?入っちゃいけない場所とかある?あとお酒を瓶でちょうだい」


カティリア

「大丈夫です。立ち入っていけない場所は特にありません。お酒ですね。今持って来ます」


袮雪

「うん。お願い」


 駆け足でお酒を持って来るカティリア。それを受け取った袮雪は屋敷を出て行った。その背中をカティリアとヨトは不思議そうに見送る。酒なんて何に使うのだろう。



◈◈◈



 屋敷を出たすぐの所で全神経を集中させる。


袮雪

「…こっちかな?屋敷の裏に何かあるな」


 真っ直ぐに屋敷の裏へと向かうと大きな木の下に小さな石碑が建っていた。それに近寄ってカティリアから貰って来たお酒をだばだばかける。


―くん。


袮雪

「ありゃこれ葡萄酒か。まぁお酒に変わりはないから良いでしょう!」(*´◒`*)


『…良くないわ。やめよ。石碑がべたべたになるであろうが』( ・᷅-・᷄ )


袮雪

「でも出て来てくれたでしょ?後で水かけて流しておきますよ。初めまして神様。私は袮雪。あなたを復活させて欲しいと頼まれた者です」


『余を?ここに在るのは消えかけの薄い魂だけだ。何も出来まい』


袮雪

「いや、まぁ、方法が無い訳ではないんです。血肉とあと骨の欠片でもあれば良いんですけど。魂も揃ってる。材料はある訳です」


『余の血肉が有るのか。成程、聖なる支配者ホーリールーラーだな。奴等、余の身体を持ち帰ったのだな』


袮雪

「らしいですよ。さて、神様。私があなたを生き返らせたとして、私に下る罰はどんなものですか?」


『罰等あるまい。世界は余を必要としている。この世界を回すには9体の神竜が揃っていなければならない。心配する様な事は起こるまい』


袮雪

「本当ですかぁ?」


『この世界を創る神の1神が言うのだぞ。本当だ。本来であれば次の余が産まれてくるはずだったのだが、余の一族は総てあの日狩られてしまったからな。親となる個体が居なくなってしまったのだ』


袮雪

「成程。神とはいえ身体は生身の竜。死もあるし、死ねばまた産まれてくるという訳ですね。さてさて。魂は確認出来ました。あとはどうやって血肉を手に入れるかですね。出来れば骨も欲しいところですが」


『…先程から気になっていたのだが、そなたどうやって余を蘇らせるつもりなのだ』


袮雪

「それは」



◈◈◈



【屋敷】


カティリア

「袮雪さんなかなか戻って来ませんね。食事はできているのですがどうしましょう」


天花

「後で食わせればいいだろ。オレはもう腹減って無理」


銀鈴

「袮雪様には申し訳有りませんが、先に頂きましょう。皆さんお腹空いている様ですから」


カティリア

「そうですね。では準備しますね」


銀鈴

「御手伝い致します」


露草

「あ、あの…銀鈴さま」


銀鈴

「はい。何でしょう」


露草

「わたしたちはどうしたらいいでしょうか…」


銀鈴

「あぁ。貴女達の筒は袮雪様が持っているのでしたね。袮雪様が戻って来るまではどうにも出来ないですから、其の儘一緒に食事にしては如何どうですか」


露草

「いいのですか?」


銀鈴

「構いませんよ。宜しいですね天花様」


天花

「おう。いいぞ」


露草

「ありがとうございます!/// わたしもなにかお手伝いします!」


カティリア

「ありがとうございます。では、そちらの部屋にあるテーブルをこちらに出してもらえますか?銀鈴様一緒にお願いします」


銀鈴

「はい。承知しました。ところでカティリアさん」


カティリア

「はい?」


銀鈴

「御好きに呼んで頂いて構わないのですが、私も天花様同様、敬称は必要無いですよ」


カティリア

「え、ですが…では、銀鈴さんとお呼びしますね」


銀鈴

「はい。では、露草さんテーブルを持って参りましょう」


露草

「はい!」


リク

「カティリアさま!リクもお手伝いします!」


睡蓮

「レンもー!」


白藤

「ボクもー!」


カティリア

「ありがとうございます。では、取り皿や料理などを運んでくださいね」(*´˘`*)


天花

「すっ転んで料理落とすなよ」カッカッカッ


 「はーい!」と元気な返事をしてちびっ子達はカティリアの手伝いを始めた。しばらくしてテーブルにはたくさんの料理が並んだ。カティリアへの捧げ物の中には料理する手間が掛からないようにと調理済みの料理を入れてくれている住民が何人か居る。


カティリア

「お待たせしました!では、いただきましょう!」


天花・リク・露草・睡蓮・白藤

「「「「「いっただっきまぁーす!!」」」」」


天花

「おろ?肉は無いのか」


カティリア

「すみません。お肉はなかなか手に入らなくて」


天花

「そうなのか?」モシャモシャ


カティリア

「えぇ。獣の住んでいるエリアはシャイニー様の魔法障壁の外なんです。危ないので住人の方には近付かないようにと言ってて…」


天花

「じゃあ明日からはオレが行って捕ってくらァ」(*•̀ㅂ•́)و✧


カティリア

「え?天花さんが?でも、出ない方が…」


天花

「敵にバレるって?もうバレてらァね。遅いか早いかだ」


銀鈴

「なりませんよ、天花様。私の筒に干し肉を持って来ていますので其れで我慢為さって下さい」


天花

「ちぇ。じゃあそれくれ」( -᷄ε-᷅ )


銀鈴

「只今お持ちしますね。少々お待ち下さい」


 そう言って懐から銀細工の施された筒を取り出すと栓を開けて、自分は小さな狐によく似た姿に変わり筒に入った。そしてすぐに戻って来て人に化ける。その手には竹の子の皮に包まれた干し肉を持っていた。結っている紐を解いて天花に差し出す。


銀鈴

「どうぞ。干し肉はもう少しだけ持って来て居ますので、此れは食べてしまっても構いません。ですが、余り多くは有りませんのできちんと考えて食べて下さいませ」


天花

「はいよ。…これ何の肉だ?」


銀鈴

「此方は鹿肉です。鹿肉しか手に入らなかったのです。他の物が良かったですか?」


天花

「んにゃ。鹿がイチバン好きだぜ」(*´༥`*)モグモグ


ヨト

「それ、東国の食べ物?」


天花

「興味あるのか?食っていいぞ」


ヨト

「ちょっとだけ」


天花

「ほれ。銀鈴お手製だから美味いぞ」


ヨト

「…ふん?これなんの匂い?スパイス?」


銀鈴

「臭みを消すのに少々薬味を使用しております」


ヨト

「……んま。なんの肉かわかんないけど美味いね」


天花

「だろ?」


 ふと見ると全員が干し肉を見ていた。白藤はよだれも垂れている。


天花

「カッカッカッ。やるよw」( ´罒`*)✧"


 テーブルの真ん中の皿を避けて干し肉を置く。ちびっ子達は嬉しそうにひとつ取って食べ始めた。カティリアも小さいのをひと欠片興味津々に食べている。食事を終えると一旦テーブルを片付けて、銀鈴はカティリアにお湯を沸かして欲しいと頼み、また自分の筒へと入って茶器と茶筒を持って出て来た。そのまま炊事場に行きお茶を淹れる。


銀鈴

「カティリアさんも私達の世界のお茶召し上がってみますか?」


カティリア

「え?いいんですか?興味あります!///」


銀鈴

「では、何か湯呑みに代わる物は有りますか?」


カティリア

「カップですね。えぇと…これなんかどうでしょう?」


銀鈴

「良いですね。では人数分御淹れしますね」


―とぽとぽとぽ…。


カティリア

「わぁ/// いい香りですね///」


銀鈴

「此れは老舗の御茶屋、幽芳廓ゆうほうかくと言う店で取り扱っている物でも最高級の物です。香りは勿論、味もとても良いですよ」


カティリア

「へぇ!とても楽しみです!」


 人数分のお茶を持って縁側へ行くとちょうど祢雪が戻って来た。


袮雪

「ただいまぁ。お?この匂いは幽芳廓のお茶?お銀ちゃん取り寄せてたの?」


銀鈴

「えぇ。私の気に入りなんです」


袮雪

「あれ?でも、お銀ちゃん白凪しらなぎに行くことなくない?どうやって仕入れたのさ。あそこのお茶は流通もしてないし」


銀鈴

「吹雪様が外に出ている時に御願いしたのです。普段もそうですが、今回の任務には絶対持って来たかったので」


袮雪

「成程ね。それで吹雪の奴時々出かけてたのか」


銀鈴

「勝手な事をして申し訳御座いません。なかなか手に入らない物でしたので」


袮雪

「そのぐらいなら全然構わないよ。ていうか、俺に言ってくれたらいくらでも用意したのに」


銀鈴

「袮雪様御忙しそうでしたので。御願いしづらかったのです」


袮雪

「そうだった?そんなの気にしなくていいよ」


銀鈴

「では次よりは袮雪様に御願い致します」


袮雪

「うん」


カティリア

「お待たせしました袮雪さん。こちら食事です。どうぞ」


袮雪

「ありがとぉ。いい匂い!いただきまーす!そういえばカティリアくんうちのちび達にもご飯食べさせてくれたんだね。ありがとう」


カティリア

「いえ。食事はみんなで食べたほうが美味しいですから」


 袮雪がご飯を食べ終えて銀鈴がお茶を淹れてやり、まったりしながら話をする。


カティリア

「リクちゃん。明日はお父さんとお母さんのところに帰ろうね」


リク

「え!?いいの!?///」


カティリア

「はい。もう病気は治りましたから。ここに居る必要はありません。外に出ても大丈夫ですよ」


リク

「やったー!!///」


ヨト

「…じゃあそろそろ俺も帰るかな」


 黒いローブを着て仮面を着けて屋敷を出ると移動魔法で瞬間移動をして帰って行った。そのまましばらく談笑をしてちびっ子達は先に寝た。あまりにもリクと3匹のちび達が仲良くなって離れがたそうにするので筒から出したままにしている。袮雪はちびっ子達に付き添って寝かしつけをしてそのままうとうととしていた。


【縁側】


天花

(…この気配)


カティリア

「ふふふ。袮雪さんはすごいですね。小さな子の扱いが上手です」


天花

「國で吹雪ふぶき牡丹ぼたんの娘の面倒をずっと見てたからな」


カティリア

「え?吹雪様と牡丹様はご夫婦なんですか?」


天花

「おう。ところで気付いてるか」


カティリア

「…はい。まだ詳しい位置はわかってはいないようですが、浜に集まっていますね。恐らく昼間の小隊でしょう」


天花

「悪いがひと通りここの結界を視させてもらった。かなり脆くなってる。破られんのも時間の問題だ」


カティリア

「そう、でしょうね…ボクが上手く力を使えないので、シャイニー様が遺した力に頼っているだけなんです…」


天花

「それでもよくやってる方だよオマエは。逃げなかったんだからな」


カティリア

「天花さん…」


天花

「さて、ここは神域だ。オレが勝手する訳にはいかん。神様代理のオマエに神域に住民が立ち入る許可が欲しい」


カティリア

「え?えぇ、それは構いませんが」


天花

「オレ達はほーりーなんちゃらがどれだけの相手かわからんし、集落にどれだけの被害が出るかもわからん。出来るだけ怪我人も死人も出したくねぇ。カティリア、銀鈴、袮雪、吹雪、牡丹と手分けして住民達をこの神域へ避難させてくれ。今すぐにだ」


カティリア

「わ、わかりました」


天花

「今袮雪を起こして来る」


祢雪

「いやいや、聞こえてたよ。吹雪と牡丹ね」


天花

「助かる。すぐ行ってくれ」


カティリア

「…」


天花

「どうした?」


カティリア

「い、いえ…いざとなると、手が震えて…覚悟が決まらなくて…」


天花

「オマエの覚悟が決まるのを待ってる時間は無ぇ。ま、不安は当然だ。でも今オマエにはオレ達が居る。今が立ち上がる時だろ?」


カティリア

「…!」


天花

「オマエが折れずに耐えたからオレ達はここへ来れたんだ。だから責めずに褒めてやれ。オマエ自身を」


カティリア

「…っはい!」


天花

「泣くな泣くな。まだはえぇぞ」カッカッカッ


カティリア

「っごめんなさい!ではいってきます!」


天花

「おう」


 住人の避難誘導に向かったメンバーを見送った天花は屋敷を出ると裏手の石碑の元へと向かった。少し石碑を見つめるとどこでもないどこかを見上げて声を掛ける。


天花

「…おい。居るんだろ。出て来いよ」


『…悪いが姿は見せられぬ。余はもう残りカスなのだ。我が子が力を遣いこなすようになるまではここの障壁の維持をせねばならぬでな』


天花

「あっそ。悪いが少し巣で騒がせてもらうぞ。オレはオレのやり方でな」


『構わぬ。だが派手に暴れてくれるなよ陽の者よ。余の障壁が脆くなっているのはそなたも知っていよう』


天花

「わかってらぁ。なるべく壊さねぇようにするさ」


『ついでと言っては何だが。陽の者よ。我が子にこれを渡してやってくれ。あやつはあまりここには寄り付かない。故に渡せずに居たのだ』


天花

「首飾り?なんだ、ずいぶん力を溜め込んでるな。あと我が子って誰だ」


『カティリアの事だ。これは余があやつに渡し損ねた力の一部。渡せば扱いはわかろう』


天花

「わかった」


『おや、愛らしい客人だ。そなたではないか』


天花

「ん?あぁ。露草。どうした」


露草

「あ、いえ…その天花さまの声がしたので気になって…袮雪お兄ちゃんもみんなも居なくなってて…」


天花

「それで探しに来たのか。悪かった。今戻る。袮雪は今ちょっと使いに出した。しばらくしたら戻る」


露草

「そうですか」ホッ…


天花

「じゃあな。これはちゃんと渡しておくよ」


『うむ。頼んだぞ陽の者よ』


 背を向けて露草と手を繋いで屋敷へと戻る。しばらくすると人の気配がして地下に住人達が集まり始めた。自分の幻影を何体も創り出して何人ものカティリアが忙しなく動き回っている。やがて住人全員が地下に収まった。誰も居なくなった地上の集落にはカティリアが幻術で住人を創り出しカモフラージュをしている。浜に近い方の出入口には吹雪と牡丹が潜んで相手の動きを探っていた。カティリアと銀鈴と袮雪は一旦屋敷へと戻って来た。ここでもカティリアの幻影が住人の不安を取り除いている。


天花

「まだこっちの正確な位置はバレてねぇな。まぁ、それも時間の問題な訳だが。昼間のおっさんが来てるんだと思うんだが、たぶんアイツそんなに頭良くねぇとみた。ここが光を司る神が治めていた地だから夜の闇に紛れればその力は弱まると思ってんぜ?」


カティリア

「それは、さすがに頭悪過ぎませんか;;; 彼は一応、魔術師ランクC級以上で二十七属師団長ですし…」


天花

「にじゅう…なんて?」


カティリア

「二十七属師団長です。聖なる支配者ホーリールーラーはS級以上の魔術師"最高位創魔師"が3名、その下にC級以上の魔術師"次席上級創魔師"が6名、その9名それぞれに3つずつの小隊"二十七属"があり27名のC級以上の魔術師長が居ます」


天花

「(⸝⸝◜𖥦◝⸝⸝)」


銀鈴

「凄い強い者が三名、次に強い者が六名、其の九名の強者はそれぞれ三つの小隊を従えています。と、いう事で合っていますか?」


カティリア

「はい。そうです…」


 言葉に出してはいけない何かを察したカティリアは銀鈴に向かって説明を始めた。


カティリア

「昼間の師団長はトルテという人物で、第二階級、第二の主天の隊を率いています」


銀鈴

「その二十七属師団にも階級があるのですね」


カティリア

「はい。第一階級、第二階級、第三階級があり、その中でさらにそれぞれ第一、第二、第三とあります。第一階級の第一が最も強い師団になります。トルテは第二階級の第二なので真ん中ぐらいの強さでしょうか」


天花

「つまり?」


銀鈴

「昼間のトルテという人物は隊長で、隊長格の中では上から五番目に強いという事です」


天花

「なるほどわからん。まぁなんだ?そんなに強くも弱くもねぇってことか?」


銀鈴

「左様で御座います。詳しい事は私が把握しておきますので、天花様は何時も通り御自由に為さって下さいませ」


天花

「うい」


 カティリアはそっと袮雪の方を向いた。袮雪は笑顔で頷いた。


袮雪

「すごいでしょ?なにがすごいってあれで成り立ってるのがすごいよねw」クスクス


カティリア

「いつもあんな感じなんですか?」


袮雪

「そうだねぇ。お銀ちゃんが来てからかな?」


カティリア

「銀鈴さんが来てから、ですか」


天花

「そうだ。カティリア、これ預かって来たんだ」


カティリア

「ペンダント、ですか?一体誰から…」


天花

「渡せばわかるって聞いたぞ。ほれ」


カティリア

「!これは…シャイニー様…」


天花

「それにしても。住民の移動にはもっと時間が掛かるものと思ってたんだがな」


 確かに突然の指示、それも銀鈴を始めとする異界のモノが誘導したにも関わらず誰も不信感を抱く事無く指示に従った。


カティリア

「そうですね。ボクもまさかここまで信頼してもらえてるとは思わなくて驚きました。ありがたいですね」


 その時、突然爆音と地響きが鳴り響いた。どうやらトルテが周辺を無差別に砲撃し始めたらしい。


天花

「始まったな。銀鈴、陣をこの規模で張れるか?」


銀鈴

「大丈夫で御座います。では―」


 銀鈴は集中して呪文を呟いて陣と呼ばれる結界を地下一帯に張る。


天花

「ここは銀鈴とカティリア、オマエに任せる。オレと袮雪は地上に上がる」


カティリア

「わかりました。お気をつけて」


天花

「んじゃあ行くぞ袮雪」


袮雪

「はぁい。カティリアくんうちのちび達お願いね」


カティリア

「はい。お任せください」


 袮雪は狐によく似たバケモノの姿になると背中に天花を乗せて御神洞ごしんどうの入口を目指した。天花と袮雪を見送ったカティリアは屋敷のある浮き島から御神洞の吹き抜けのほぼ真下にある浮き島へと渡り、天花から受け取ったペンダントを首に掛ける。見上げればちょうど真上に月が昇っていた。月の明かりを浴びながら目を閉じ、息を整えて心を鎮める。


カティリア

「〈―I am我、 a servant光に of the light.仕う者I am an agent光の of the light.代行者なり―〉」


 呪文を唱えて自分に掛けられている封印を解く。上手く力が制御出来ずに解かずにいた封印。カティリアは淡く輝く光を全身に纏って、本来の姿へと戻っていく。そしてシャイニーエンペラーから渡されたペンダントも呼応するように光を放ちカティリアに神気をあたえる。その様子はとても神秘的でそこに居た誰もが息を呑んで見守った。


カティリア

(!っ痛…やっぱりちゃんと調整してないから…っ)


 生まれてから一度も自身の力だけで強い魔法を行使してこなかったカティリアの体は突然活性化された上に神竜の神気を與られてその変化に耐えきれず全身が軋み、魔術回路が熱を持ち悲鳴を上げる。


カティリア

「〈―I,我、 the little light, カティリアがcommand.命ず。Sharing the power光を司る者、 of the Shiny Emperor,シャイニーエンペラーの the master of light,御力を with the messenger異界の使者へ of another world.分け與えん―〉…シャイニー様、彼らをお守りください」


 カティリアが纏っていた光が柱になり天へ昇って闇に溶けていく。


銀鈴

「此れは…」


【御神洞前】


 御神洞の前で待機していた天花と袮雪の体が淡く輝き出す。それは集落に居た吹雪と牡丹も同様だった。


袮雪

「カティリアくんかな?これは加護だ」


天花

「気にしなくていいのにな。ま、ありがたく頂戴しよう」


 やがて光はふたりの体に染み込んで消えた。集落の方を見ると爆発は収まり、代わりに火の手が上がっていた。空は真っ赤に染まっている。たくさんの人間の臭いが迫って来るのがわかった。


天花

「さて、吹雪と牡丹はどこまでやれるか」


袮雪

「術が効くかどうかはわからないけど、純粋な暴力なら異世界でも効くでしょ」


天花

「だなぁ。まぁ、吹雪と牡丹なら問題無いか」


袮雪

「そーそー。ところで俺もここで待つだけでいいの?」


天花

「オレはギリギリまで手を出さねぇからな。オマエに任すわ」


袮雪

「なぁにぃ?見物するだけなのぉ?」


天花

「オレはあれだよ。もう少し上の人間が出て来たら出る」


袮雪

「なにそれw」


天花

「まだオレの出番じゃねぇってな」カッカッカッ



◈◈◈



【???】


 壁に備え付けられたロウソクが等間隔に火を灯しているだけの薄暗い廊下を不機嫌な足音を鳴らして突き進むリジュリラ。


黒いローブ

「あぁ、お待ちください!リジュリラ様!勝手に入られては困ります!」


リジュリラ

「…」


―バンッ!!!!!


 廊下の突き当たり、ほぼ殴るように両開きの扉を乱暴に開け正面を睨み付ける。中にはボードゲームをしているらしい男女が突然の来訪者を見ていた。


リジュリラ

「見つけたぞ。デュオライ!」


デュオライ

「?なんだよ、っ!?」


リジュリラ

「貴様、どういうつもりだ!?」


デュオライ

「はぁ!?なにがだよ!!」


 リジュリラはデュオライと呼んだ男の胸ぐらを掴み上げ、席を立たせた。デュオライは訳が分からずただもがいている。


リジュリラ

「とぼけるなッ!!」


「品の無い人。天子の名が泣いてしまうわ」


リジュリラ

「ヒノワ…ッ」


デュオライ

「かはっ、げほっ、ったく…なんだってんだよ」


 デュオライと向き合っていた女が口を開いてリジュリラはデュオライから手を離した。今の騒動にも動じる事なく、無関心にリジュリラを見上げる彼女はヒノワ。リジュリラはヒノワが嫌いだ。今も自分は立ってヒノワを見下ろして居るのに、ヒノワの方が自分を見下している気分になる。


ヒノワ

「非常識な時間に人の城へ断りもなく入り込んで、わたくしに挨拶も無いのね」


リジュリラ

「っ夜分に失礼した」


ヒノワ

「で?デュオライに乱暴する程の用事とは何かしら。わたくし騒がしいのは嫌いなの」


リジュリラ

「デュオライの二十七属師団のひとつが私の管轄地域を侵したのだ」


デュオライ

「はぁ?俺はそんな指示出してねぇよ!」


ヒノワ

「ですって。どうせ第二の主天でしょう。独断行動だわ」


デュオライ

「トルテが?なんで?」


リジュリラ

「どうしてそんな事がお前にわかる」


ヒノワ

「トルテはわたくしの二十七属師団長のひとりが気に入らないの。歳も若く自分よりも下のクラスの人間が師団長を名乗り、その裏で不審行動が目立つ彼をわたくしが放置している。天子の貴女が目印を付けて追っているのをいい事に吊り上げてやろうと思うのは当然ではなくて?そんなに怒る事なのならばここではなくて現地にお行きなさいな。それこそ貴女の管轄なのだから」


 言い返せないリジュリラは歯を食いしばって踵を返した。


黒いローブ

「申し訳ございませんでしたっ。ヒノワ様っ」


ヒノワ

「構わないわ。あの態度だもの振り払われたのでしょう。今夜はもう下がってお休みなさいな」


黒いローブ

「はっ。ありがとうございます。失礼します」


ヒノワ

「メイ」


メイ

「はい。ヒノワ様」


ヒノワ

「彼は今どうしているの?」


メイ

「先程自室に戻ったようです」


ヒノワ

「そう。ありがとう。下がっていいわ。貴女ももうお休みなさい」


メイ

「はい。失礼します」


ヒノワ

「デュオライ。今夜は泊まっていきなさい」


デュオライ

「お!いいのか!ラッキー!///」(*´◒`*)


ヒノワ

「ルイ。案内してあげて」


ルイ

「かしこまりました。では、デュオライ様こちらでございます」


 ルイと呼ばれた少年とデュオライが出て行き、ふとゲームをしていたボードを見るといつの間に入り込んだのか男が椅子に座り頬杖ついて駒をいじっていた。漆黒に紫のメッシュが入った長い髪にアメジストをはめ込んだような瞳。ヒノワによく似た男。


「や!こんばんはお姉様。さっきぷりっぷりに怒った天子様とすれ違ったけどケンカでもした?」


ヒノワ

「第二の主天が彼女の管轄を侵したのだそうよ。騒がしいから帰したの」


「ふぅん?第二の主天がねぇ。行かせるの?」


ヒノワ

わたくしには関係の無い事だもの。自分で解決させるのが当然でしょう?」


「あはは!よく言う。お姉様のお気に入りのあの子が関係してるんでしょ?」


ヒノワ

「皇帝様はわざわざ笑い話をしに来たのかしら」


「まさか!大事な事を伝えに来たんだよ。もう知ってるかもしれないけど。使がルノマに現れたよ」


ヒノワ

「そう。やっと来たのね。事故でも起きてくれないかしらね」


「昼間たまたま居合わせた師団長が魔力精査したらしいけど精査不能だったらしいよ。起きるかもよ、事故」


ヒノワ

「結構な事だわ。では、異界の客人にわたくしもおもてなしをしなくてはね」


 そう言いながらヒノワは部屋を出て行った。



◈◈◈



【ヨト個室】


 拠点の自室に戻ったヨトはローブを脱ぎ、仮面を取ってベッドに横になり天井をただぼぅっと眺めていた。次第に眠気がやって来てうとうとし始めるとどこかで呼ぶ声がした。


『…ト…ヨト…!』


ヨト

(…ん…カティリア…?)


『助けて!集落が燃やされてる!』


ヨト

(…ルノマが…?…燃え、て…)


―ビリッ。


ヨト

「!!っつ…げほっ、うっ…ぁ、なん、だ!?」


体中が痛ぇ…!!

魔力回路が焼き切れそうだ…っ!!


―コンコン。


ヨト

「!」


ヒノワ

『ヨト、入るわよ』


 静かに戸を開けて入って来るヒノワ。ヨトはベッドから転がり落ち床の上でうずくまっていた。


ヨト

「っ申し訳ありません、少し具合いが…っ」


ヒノワ

「あの子が力を解放したのね。ふふ。やっぱり貴方達は美しいわね。手放すのが惜しいわ」


ヨト

「!」


しまった…仮面をしてないっ。


ヒノワ

「あら、隠しては駄目よ。見納めなんだから」


ヨト

「っ見納め?」


 酷い痛みから脂汗をかいているヨト。アクアマリン色の前髪をよけて汗を拭いてやる。頬に添えられたヒノワの手が冷たくて心地良かった。


ヨト

「?あの、ヒノワ様…」


ヒノワ

「よく、お聞きなさい。ヨト・アルーシャ」


 ヨトを介抱しながら小声で話すヒノワ。何かを警戒している。こんなヒノワは初めてでヨトは戸惑った。


ヒノワ

「第二の主天、トルテ・オーテュがルノマの集落へ侵攻したわ」


ヨト

「!!カティリアっ」


 慌てて起き上がり移動魔法を展開しようとするヨトの肩に手を置いて中断させる。


ヒノワ

「お待ちなさいな。忘れ物は無い?もうここへは戻る事は出来ないわ。貴方もわかっているでしょう」


ヨト

「…」


ヒノワ

「貴方の処分はわたくしが口添えをしておきます。刺客なんて送ったりしないわ。安心して」


ヨト

「!どうして」


ヒノワ

「その代わり。天子がトルテを止めに行ったの。何かの拍子に事故でも起きれば嬉しいわ」


ヨト

「…自分に始末しろと」


ヒノワ

「魔法術師として使い物にならなければ生死は問いません」


ヨト

「…」


ヒノワ

「話はそれだけよ。さ、気を付けてお帰りなさい」


ヨト

「ヒノワ様…」


ヒノワ

「もうわたくしに付き従う必要は無いのよ。わたくしが何の為に貴方の今までの違反行動を見逃していたと思っていて?貴方が守人だと言う事はわたくししか知らないのよ?」


ヨト

「……バレてたのかよ」


ヒノワ

「それが本来の貴方なのね。さぁ、お行きなさい」


 ヨトは移動魔法を展開して姿を消した。誰も居なくなった部屋で机に置かれたヨトの仮面を手に取り撫でる。


ヒノワ

(これが貴方達への最初の試練です)



◈◈◈



 ヨトの部屋を出て、まだ男の気配がして先程の部屋へと戻ると男はまだボードゲームの駒をいじっていた。


「ささやかな贈り物にしてはずいぶん奮発したね」


ヒノワ

「まだ居たのね。確かにちょっと大き過ぎたかしら」


「そんなに気に入ってたんだ?あの守人の子」


ヒノワ

「あら、知っていたの。守人としては世界でたった8人、守人の一族も数が少ないわ。神に罰を與られ人間になった竜。唯一無二の容姿を持つ麗人よ?」


「お姉様は相変わらずですねぇ。ふふ」


ヒノワ

「貴方こそ聞いたわよ。ミコトに貴重な種を捕獲させたのを届けさせてるって」


「あらら。バレてたか。ね、久しぶりにこのゲーム相手してよ」


ヒノワ

「嫌よ。このゲームでは貴方に勝てないもの」


「ありゃ?ざーんねん」



◈◈◈



【ルノマの集落】


 焼け落ちる家屋、広がる炎は集落を守っていた木々も呑み込み、逃げ惑う住人達を追い詰めていく。


トルテ

「これだけの騒ぎを起こせば十分でしょう。天子様の耳にも報せは入り、やましい事のあるあのガキも戻って来る事でしょう。しかし」


 見下ろす集落には見たことの無い見目のモノが2体、部隊と敵対している。魔法術をものともせずただ純粋な暴力で部隊を蹂躙していた。


トルテ

「魔法が使えないのか。所詮は下賎の者。強さはどうあれ数の暴力には敵わないでしょう。私は御神洞ごしんどうへ向かいましょうか」


 御神洞へと続く道へと降り立ったトルテはゆったりと歩き出す。その顔は愉しげに笑っている。


吹雪

「行きましたか」


牡丹

「これが真ん中の階級の人達ねぇ。案外楽勝かしら」


吹雪

「舐めてると痛い目見ますよ」


牡丹

「舐めてないわよ。さ、残りも片付けちゃいましょ」


 そう言って2匹を取り囲むトルテの部隊を見ると音も無く瞬きひとつの間に距離を詰めて一撃入れて落としていく。向かって来る魔法攻撃はとんでもない動体視力で視認して人外ならではの身のこなしで次から次へと避ける。敵の数は着実に減っていった。



◈◈◈



【御神洞前】


袮雪

「あ、来た来た。あの人がさっき言ってた?」


天花

「そうだ」


トルテ

「おや、あなたは昼間の」


天花

「おい。そんなとこで突っ立ってっと危ねぇぞ」


トルテ

「どういう…!?」ハッ


―ドスンッ!!!!!


トルテ

「光の槍!?どこからっ」


 空から真っ直ぐにトルテ目掛けて飛んで来た光の大きな槍。地面に突き刺さったそれは次には光の粒になって霧散した。


「どこ見てんだ!!こっちだこっち!!」


トルテ

「な!?ちっ」


 背後に現れた少年が思いっきりトルテの頭目掛けて回し蹴りを入れるとトルテは吹っ飛んだ。


袮雪

「ありゃ?ヨトくん?帰ったんじゃないの?」


ヨト

「いろいろあって聖なる支配者ホーリールーラークビになったから帰って来たんだ」


袮雪

「あらら」


ヨト

「さて。あんた、魔力に頼りきりだからただの暴力はよく効くだろ」


トルテ

「貴様ッ」


ヨト

「避けれもガードも出来ねぇのかよ。ダセェ」


トルテ

「たかだかC級のガキが!!〈―Ten million shadows影千万―〉!!」


ヨト

「…」


 周囲の影という影から何千何万の影の針が一斉にヨトへと飛びかかった。しかしヨトは微動だにせずトルテをじっと見ている。その口元はうっすらと嗤っていた。そして針はヨトに届く前に霧散する。


トルテ

「っなに!?」


魔法術を行使した様子は無い!!

なのに私の魔法がかき消された!?


ヨト

「あはっ!何が起きたかわかってない顔!いいね。実にバカあんたっぽいよ」


 愉しげに笑うヨトと怒りで顔を紅潮させるトルテ。そんなふたりを見ていた袮雪がゆっくりと立ち上がった。


天花

「なんか来たな」


袮雪

「さて、こっちは俺が相手かな」


天花

「どうした?そんなピリついて」


袮雪

「そう?」


天花

「リクか」


袮雪

「この臭いは多分そう。お仕置きしないとね」


 袮雪は音も無くすっと消えると近くの木の上に移動した。そこには駆け付けたリジュリラの姿が。


リジュリラ

(何故ここにヒノワの二十七属師団長が?それに、闇魔法の腕はトップクラスを誇るトルテの魔法が何もせずに打ち消されたように見えたが…あれは…)


袮雪

「こんばんは。良い月夜ですね。海も穏やかで波が月明かりを返して綺麗だ」


リジュリラ

「!?」


いつの間にそこに!?


袮雪

「よそ見してると危ないですよ?」


 どこから取り出したのか純白の大刀だいとう(薙刀みたいな武器)をわざと鼻先に掠めるように振り抜き、それを避けてバランスを崩したリジュリラに蹴りを入れる。防御魔法を展開する間もなくまともに蹴りを受けたリジュリラは吹き飛んで行った。


リジュリラ

「っあ…はっ、かは…っ」


トルテ

「!?天子様」


リジュリラ

「っこの馬鹿者!!人の管轄で何をしているのかッ!!」


トルテ

「私は、ただ不審な動きをする師団長を」


リジュリラ

「貴様も変わりないではないかッ!!さっさと部隊を引け!!そも、あれは貴様の手に負える相手ではない!!」


トルテ

「な!?私が負けると!?」


リジュリラ

「貴様の目は節穴か!?ランクC級の者が詠唱破棄で魔法術を行使した!!もしくは貴様以上の魔力で貴様の魔法を打ち消したのだぞ!!」


トルテ

「まさか。そんなことある訳が。私はB級ですぞ?」


ヨト

「さすがは最高位創魔師様って?理解が早いね」


リジュリラ

「貴様もこれは違反行動だぞ!!わかっているのか!?」


ヨト

「もう俺クビになったし。そもそも?はなっから関係無ぇもん。俺、洗礼してねぇから」


リジュリラ

「なん、だと!?じゃあヒノワは」


 ヨトは影になっている所から一歩、二歩と進み月明かりの下へと歩み出た。


リジュリラ

「!!貴様、その姿は」


ヨト

「綺麗でしょ?うちの元上司様はお気に入りだったみたいよ。ふふふ」


トルテ

「だからなんだと言うのだ!?宰相様は美しければなんでも良いお方ではないか!!」


リジュリラ

「呆れた。貴様、あれが何なのか知らないのか」


ヨト

「だからB級止まりなんだよ」


トルテ

「何だと!?お前はC級じゃないか!!」


ヨト

「バカでもわかるようにしてやろうか。〈―I am我は the guardian光を守護する of the light者なり―〉」


トルテ

「え?」


 呪文を唱えて蛇口を捻るように、堰き止めていた魔力を少しずつ開放していく。それと同時にトルテの肌は粟立ち熱が引いていった。もはや格下の相手とは呼べない圧をヨトは纏っている。


トルテ

「な、なんだお前は…なんなんだ!?お前ッ!!」


リジュリラ

「あれが本来の姿。神竜に愛された魔法使いか。守人もりと。桁違いだな」


トルテ

「…守人…守人?あいつが…?」


リジュリラ

「守人の外見的特徴も知らない師団長が居たとはな…。あれはもうC級魔法術師ではない。X級の魔法術師だ。私達では太刀打ち出来ない」


トルテ

「…そんな」


リジュリラ

「引くぞ。戦況を見誤るな」


ヨト

「話は終わった?まぁ逃がさねぇけど。この集落に足を踏み入れたこと後悔させてやるよ」


袮雪

「そっちのお姉さんにはお仕置きもしないといけないしね」


ヨト

「お仕置き?」


袮雪

「そ。あの子に汚い憑き物憑けたのあのお姉さんでしょ?剥がした憑き物に残ってたにおいと同じにおいがする」


ヨト

「あれ、気付いたんだ。そう。あれがリジュリラ。リクに魔物を憑けた張本人だよ」


袮雪

「このぐらいすぐ判るよ。これでも神と名のつくものの末席に居るからね」


リジュリラ

「何の話だ」


ヨト

「あんたアンダレアの魔女の集落の子供に魔物、いや、自分の部下を魔物に変えて植え付けただろ」


リジュリラ

「アンダレアの?あぁ、あの小娘か。全く役には立たなかったがな。ろくな情報を寄越さないで死んだ馬鹿だ。そこの師団長がこの集落の防壁を壊さなければここの正確な位置は掴めなかったのだからな」


ヨト

「カティリアが植え付けられた魔物に気付いてここで一番強固な防壁のある神域へと連れ込んだからな。あんなに主張してくる魔物、誰でも気付くっつーの。人選が悪かったな」


リジュリラ

「わざわざ使える人間を殺すのはバカのする事だ。で?仕置きするとか何とか聞こえたが?」


袮雪

「俺は医神の末席に名を置くモノ。誰かを傷付けたり苦しめるような事をする奴は許せないの。あとは、わかるよね?」


リジュリラ

「最高位創魔師の私を倒すと?舐めるなよ」


袮雪

「さて、舐めてるのはどっちかな。〈―自陣作成:雪原―〉」


リジュリラ

「!?なんだ」


 袮雪が呪文を唱えると雪の混じった強いつむじ風が起こって辺り一面雪景色へと変わる。足元まで迫る雪にリジュリラは浮遊魔法で空中へと飛び上がった。


袮雪

「叩き穿て〈―雹塊ひょうかい―〉」


リジュリラ

「!上か」


 ぐんぐん気温は下がり吐く息は白くなる。上空には氷のつぶてが集まり次にはリジュリラに向かって降り注ぎ激しく打ち付けた。礫が触れた箇所は抉れて出血する。急いで防壁魔法を展開して凌ぐ。しかし上にばかり気を取られているリジュリラを下から鈍い衝撃が襲った。


袮雪

「〈―霜柱―〉」


リジュリラ

「!?がっ、はっ」


なん…っ!?

こんなに連続して魔法を…!!


 自分の防壁魔法と袮雪の発現させた巨大な霜柱に挟まれ、衝撃であばらが何本か折れたらしいリジュリラは息を詰まらせ血を吐きながら地に落ちた。


袮雪

「ふーん?これが最高位創魔師様とやらなの?未経験の戦闘に対応出来ないのが?骨まで折っちゃって地べたに這いつくばって。これはほんとにお姐ぇの出番は無いかもねぇ」


リジュリラ

「…っく、そが!!」


袮雪

「口だけは元気だね。さてと、じゃあちょっと視させてもらおうかな。〈―樹氷―〉」


 袮雪がリジュリラを手で支えて膝立ちにさせると、足元から氷が這い上がってリジュリラはだんだんと氷に捕まり身動きが取れなくなった。顔を除いた全身が氷に囚われたリジュリラの前で片膝ついた袮雪が指先でリジュリラの顎先から喉元をなぞる。


リジュリラ

「!私に触れるな!!離せ!!」


袮雪

「太古から言われてるけど敵にそんな事言われて離す馬鹿は居ないよ。そんなに嫌なら得意な魔法とやらで抜け出してごらんよ。抜け出せるものならね」


リジュリラ

「言われなくてもッ!!〈―Fire dragon's火竜の great fire大火ッ―〉」


 リジュリラの唱えた呪文。一瞬全身を覆う炎が現れたが袮雪の雪原の吹雪きに呆気なく掻き消された。


袮雪

「俺の力の方が上みたいだね」


リジュリラ

「馬鹿な…!私はS級だぞ!!」


袮雪

「さっきから言ってるでしょ?俺神様よ?」


リジュリラ

「そんな、そんな馬鹿な事があってたまるか!!」


袮雪

「馬鹿もなにも現実でしょ。あなたに俺の術は破れない。それが現実。よいしょ、と」


リジュリラ

「!?やめろっ」


 袮雪はリクの憑き物を剥がした時のようにリジュリラの身体の中に手を入れた。


袮雪

「…あ、これかな?なるほど。ここを中心に血が巡るように力が行き渡ってるのか。じゃあここを」


リジュリラ

「っよせ!!何をする気だ!!」


袮雪

「凍てつき閉ざせ〈―万年雪―〉」


リジュリラ

「!!あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"っっ!!!!」


袮雪

「あ、痛む?ふーん?」


リジュリラ

「っう、はっ…はぁっ…ぐっ…」


袮雪

「で、いつまで見てるのヨトくん。あ、それとも加虐こういうの趣味だった?」


ヨト

「は?違うよ。趣味じゃない。見たことない技使うから興味あっただけだし」


袮雪

「そ?早くそっちも片付けなよ。お銀ちゃんの今使ってる術めちゃくちゃ負担掛かるんだ」


ヨト

「おぎんちゃん?じゅつ?」


袮雪

「そう。神域の感じが違うのわからない?」


ヨト

「神域?そういえば…」


何だこれ…。

何か、囲い?中が全然感じ取れない。


袮雪

「ね。今地下の神域に住人達を避難させてるの。その神域全体を今お銀ちゃんが結界張って護ってるのね」


ヨト

「地下に?じゃあ住人は無事なんだな。よかった」


袮雪

「ほらほら。早く終わらせよ」


ヨト

「でもやっぱりあんたの使う技が気になるからそっちから先に済ませてよ」


袮雪

「えー?もう少し弄り回したかったんだけどなぁ」


ヨト

「だいたい。トルテの攻撃は俺には届かない。俺の方が強いからな。そこに闇雲に攻撃しまくったって勝手に空っぽになって自滅するだけだ。ほっといてもすぐ終わる」


袮雪

「確かに?まぁ、じゃあこっち終わらせるか」


リジュリラ

「な、なにを…」


袮雪

「その生意気な口をきけなくしてあげる。〈―寄生種:ほのか雪―〉」


リジュリラ

「なんだそれは…やめろ、近付けるな…っ」


 袮雪の手のひらにはふわふわと小さな雪の結晶が舞っている。しかしよく見るとそれ自体に意思があるかのように動いていた。袮雪はにこりと笑ってその手を顔に近付ける。


袮雪

「リクちゃんがどれだけ怖い思いをしたのか疑似体験しようね。これ、息止めても勝手に入ってくから」


リジュリラ

「!?やめっ、もがっ」


 雪の結晶を載せた手のひらで思い切りリジュリラの鼻と口を塞ぐ。しばらくそうして塞いで雪の結晶が全部吸い込まれたのを確認して手を離す。


ヨト

「何したの?」


袮雪

「仄か雪は俺の國に棲んでいる蟲でね。普段は小型の動物や鳥なんかに寄生して、より大きな動物に食べられて寄生する為に宿主に強い恐怖を与えるんだ。今のこの人は捕食者を前にした弱い獲物と同じ。だからね。俺が少し圧を上げただけで、ほら」


リジュリラ

「!!いやぁぁぁっ!!ごめんなさいっ!!ごめんなさいっ!!もうしません…たすけてくださいっ。ゆるして…っ」


 さっきまでとはうってかわって、ごめんなさい、助けて、許してしか言葉を知らないかのように泣きながら繰り返すリジュリラ。


ヨト

「何それエグ」


袮雪

「リクちゃんにこわい思いさせた罰だよ。それにしても呆気ないね。最高位創魔師」


ヨト

「いやいや。あんたが強過ぎんだよ。そいつ、聖なる支配者ホーリールーラーの幹部で2番目に強いんだよ」


袮雪

「に…うそ」


天花

「マジかよw」


ヨト

「マジだよ」


袮雪

「じゃあこの人どうしようか」


「その女はそのままこちらへ渡してもらおうかしら」


袮雪

「今度は誰?」


気配が無かった?


 ゆったりとしていて、それでいてどこか思わず膝まづいてしまいそうになる威厳のある声。それはヨトのよく知る声。


トルテ

「さ、宰相様…っ」


ヒノワ

「ヨト。ありがとう。約束を守ってくれたのね。では、こちらも約束を守りましょう」


ヨト

「天子をやったのは俺じゃない。そこに居る全身真っ白の男だ」


ヒノワ

「あら、そうなの。素直に申告するのね。でもいいの。結果はわたくしの望んだものです。さて、では仕上げはわたくしがしましょう」


トルテ

「さ、宰相様!?なにを…っ」


ヒノワ

「貴方の仕事、出番は終わったわ。もう舞台を降りてちょうだい」


トルテ

「宰相様…っ!!お待ちください!!」


 必死に縋り付くトルテにひとつ微笑むとトルテの唇に人差し指を添える。


ヒノワ

「〈―Time regression.時間退行、 Disappearance消失―〉」


トルテ

「!!そんな、おまちくださ…」


ヒノワ

「何故わたくしが貴方ごときを待たなければならないのかしら。わたくしを待たせられるのはとびきりの麗人だけよ」


 トルテは見る見る若返っていき、少年から幼児へと身体が時間退行を起こし遂には魂だけになって消失した。


ヒノワ

「これで目障りなものがふたつ減ったわ。ありがとうヨト、それからそちらの東国の魔術師さん」


袮雪

「…貴女は?」


ヒノワ

わたくしはヒノワ。お初にお目にかかりますわ。以後お見知りおきを。ふふ」


袮雪

「貴女も幹部のひとりなのですね」


こいつが神竜の身体の一部を持ってるって言ってた奴か。


袮雪

リジュリラこんなのよりよっぽど手強そうだ)


ヒノワ

「天子が使い物にならなくなった今、後日、後任の選出とルノマの管理者を決める会議が行われるでしょう。もちろんわたくしがここの管理を取るつもりです。ヨト、貴方の事はわたくしが守ります」


ヨト

「守る?何言ってんだ?」


ヒノワ

「ふふふ。言葉の通りよ」


 ヒノワはそれだけ言って微笑むとゆっくり袮雪の方へと向かう。


ヒノワ

「あらあら、これではただの人間も同然ね。もう組織には居られないわ」


リジュリラ

「!そんな…っ。助けてください!なんでもします…っしますから!」


ヒノワ

「ふふ。何でも?約束よ。〈―Bird cage鳥籠―〉」


 涙を流しながら呆然とするリジュリラの周りを光の粒が集まって鳥籠の形を作り中に閉じ込める。


リジュリラ

「こ、これは…」


ヒノワ

「貴女はわたくしの城には相応しくないわ。これから大将軍の所へ出向く用事があるの。貴女はその手土産よ」


 リジュリラを入れた鳥籠を魔法で浮かせると控えていた部下に運ばせる。


ヒノワ

「第二の主天の師団員も回収しないといけないわね」


師団員

「宰相様。第二の主天の飛行艇を発見しました。乗組員は全員意識不明の状態です」


ヒノワ

わたくしの船に繋いで副艦を第二の主天の船に。それから第二の主天の師団員達を回収してちょうだい」


師団員

「かしこまりました。すぐに」


 集落中に散っているトルテの部隊を回収しに向かうヒノワの部隊。するとそこに吹雪と牡丹が帰って来た。


吹雪

「袮雪さん。倒した敵を回収する者達が現れたのですがどうしますか」


袮雪

「あぁ、それは放っておいていいよ。お疲れ」


ヒノワ

「そこの貴方達」


袮雪

「私達ですか?」


ヒノワ

「えぇ。貴方達です。わたくしの城へいらっしゃらない?魔法術師の腕も一級、容姿も私の基準を満たしているわ。どうかしら」


袮雪

「お褒め頂きありがとうございます。ですが、遠慮させていただきます。私と貴女は敵同士ですから」


ヒノワ

「ふふ。残念。では、貴方の気が変わるのを待つわ」


袮雪

「変わりませんよ」


ヒノワ

「そう。貴方達のリーダーは貴女かしら。強い魔力を感じるわ」


天花

「まぁ、そうだな」


ヒノワ

「では改めて。聖なる支配者ホーリールーラー次席上級創魔師、宰相。ヒノワ・シンルード。以後お見知りおきを。東国の魔法術師さん」


天花

「ご丁寧にどうも。オレは天花。お前の言う通り東国からこっちに来た」


ヒノワ

「天花様。そう。素敵なお名前ね。貴女も是非わたくしの城へ招待したいわ」


天花

「それが一番手っ取り早そうだが断る」


ヒノワ

「あら、どうして?」


天花

「まぁ、色々と事情があんだよ」


ヒノワ

「それは残念だわ。ふふ。わたくしの誘いを断った麗人は貴方達が初めてよ」


天花

「そうかよ」


師団員

「宰相様。帰城の準備が整いました」


ヒノワ

「ありがとう。では帰りましょう。またお会いしましょう天花様」


天花

「ちょっと待て」


ヒノワ

「何かしら」


天花

「オマエが持ってるんだろ?神竜の血肉」


ヒノワ

「ヨトに聞いたのね。えぇ。確かに持っているわ」


天花

「それを渡してもらおう」


ヒノワ

「ふふ。それなら大丈夫よ。では失礼しますわ」


天花

「おい、どういう意味だ。待て」


 妖しい笑顔を残してヒノワと部下は闇に溶けて消え、そして遠くで飛行艇の飛んで行く音がした。


天花

「…行っちまったか。なんか、今のヒノワつったっけ?アイツの方が強そうだったな」


ヨト

「ヒノワはリジュリラの2つ下のランクだよ」


天花

「どーなってんだよオマエんとこの順位は」


ヨト

「単純な力の強さで決められてるからバカでもなれんの」


天花

「ほーん?」


ヨト

「でも、最高位創魔師の中でもトップの皇帝は本当に強い。シャイニーエンペラーとその一族を殺したのは皇帝だ」


天花

「皇帝ねぇ。袮雪、吹雪と牡丹を見張りに残して地下に戻るぞ」


袮雪

「はぁい。じゃ、ふたりともあとよろしく」


吹雪

「かしこまりました」


 吹雪と牡丹を残して天花、袮雪、ヨトの2匹と1人は御神洞に入って行く。地下の神域へ入ると何やら住民達がざわざわしていた。


天花

「どうした?何かあったのか」


住民

「カティリア様が倒れて動かないんです!!」


ヨト

「カティリア!?」


 住民が指さす先、月明かりに照らされた浮き島でカティリアが倒れているのが見えた。


天花

「袮雪」


 ひらりひらりと浮き島を跳んでカティリアの元へと向かう。カティリアは酷い汗をかいて呼吸が浅くなって意識が無かった。


袮雪

「…熱が出て意識は無い。呼吸も浅くなってる。…これは、魔力回路とやらに強い負荷が掛かってる」


カティリア

「ぅ…シャイニーさ、ま…」


袮雪

「これは?」


 カティリアが大事そうに握っているペンダント。そこから膨大な力が流れ出ている事に気付いてそれを取り上げようとする。しかし意識の無いはずのカティリアはがっちり掴んで離さなかった。


袮雪

「カティリアくん、ごめんね。これちょっと離してくれるかな。取り上げたりしないから。ね」


 話しかけながら優しくゆっくりと指を剥がしていく。するとすんなり手からペンダントが取れた。それを首から外して横に置く。


袮雪

「うん。これが負荷の原因だね。次は、と。〈―泡雪―〉」


 呪文を呟くとふわふわの雪が袮雪の両手の周りに発現してカティリアの体に降り注ぎその肌に触れて溶けて染み込んでいく。みるみるカティリアの熱は下がり呼吸も安定する。


袮雪

「よしよし。あとは魔力回路を整えてあげて、と。カティリアくん?聞こえる?」


カティリア

「…ん……ぅ…ねゆき、さん…?」


袮雪

「うん。俺だよ。わかる?目開けられる?」


カティリア

「…はい…あの、ボクは…」


袮雪

「カティリアくんちょっと無理したでしょ?身体が負荷に耐えられなくて気を失って倒れてたんだよ」


カティリア

「そう、ですか…すみません…」


袮雪

「じゃあ」


「すまぬな。手を煩わせる」


袮雪

「ありゃ?神様?」


 声がして顔を上げると青年期ぐらいのカティリアによく似た男が立っていた。


「よっ、と。ちと借りるぞカティリア。ルノマの魔法障壁を張り直す故、そなた、カティリアを連れてそこを離れてくれるか。あと、そなたの仲間が張っている防壁を解除して欲しい」


袮雪

「わかりました。カティリアくんちょっと抱っこするよ」


 袮雪はカティリアを抱き上げるとまたひらりひらりと浮き島を渡って屋敷へと上がる。


袮雪

「お銀ちゃん陣解いてくれる?神様がこの辺りの結界張り直すんだってさ」


銀鈴

「畏まりました」


 陣を解除した銀鈴はうっすらと汗を滲ませて息を深く吐き出した。陣が解けたのを確認したカティリアによく似た男がペンダントを首に提げて手を天高く伸ばして呪文を唱える。すると神域がまるで真昼にでもなったかのように明るくなり、中心に立っている男の手に光が集まって天高く空へ昇り、朝焼けのように空を染めて溶けていく。しばらくそのまま夜空を見上げた男はゆっくりと屋敷へと向かって来た。


「カティリア、我が子よ。体調はどうだ?」


カティリア

「袮雪さんのおかげでもう大丈夫です」


「そうか。ペンダントこれはお前にはちと強過ぎたな。済まなかった。もう少し小分けにしてお前に渡そう」


カティリア

「申し訳ありません…この身体を上手く扱えないばっかりに…」


「構わぬ。ところでヨトよ」


ヨト

「え?なんで俺の名前知ってるの?」


「余はいつもお前達を見ていたからな。知っているぞ」


ヨト

「ふーん?で、俺に何の用」


「その腰に着けた革袋、中身は余の身体の一部ではないか?」


ヨト

「革袋?そんなもの…あれ、何だこれ。いつのまに」


 ヨトの腰には革袋が括りつけられている。こんな物を身に付けた覚えの無いヨトは不思議そうに見て、それを取り外した。中を開けて取り出してみる。中身は小さな鱗と肉片、そして骨の欠片だった。


「やはりか」


ヨト

「これは…!そうかあの時ヒノワが付けたのか」


 思い当たるのはヒノワに送り出されたあの時。うずくまるヨトに括り付けたのだろう。しかし何故。これは魔法の材料にするも、魔除にするも最高級の物だ。そんな貴重な物をこんな簡単に。


ヨト

「どうして」


「まぁ、何でも良い。そこな異界の医神よ。これで余は生き返れるのか?」


袮雪

「…材料は揃ってます。ただ成功するかはわかりません。死者蘇生は禁忌。ですので死者蘇生ではない方法を取ります」


カティリア

「袮雪さんよろしくお願いしますっ。どうかっ」


袮雪

「カティリアくん。やれるだけはやってみるけど、あまり期待はしないでね。さて、ちょっと外すよ」


 そう言って袮雪は神域を出て行った。御神洞の外に出てため息をこぼした。


吹雪

「袮雪さん。敵の撤退を確認したので戻りました」


袮雪

「ん。ありがとう」


牡丹

「どうしたの?珍しく難しい顔しちゃって」


袮雪

「ここの神様を黄泉がえらせる。その手伝いをふたりにして欲しい」


牡丹

「アタシ達に?どうやって」


袮雪

「それは」



◈◈◈



【御神洞 神域】


 神域ではだいぶ体調の良くなったカティリアがヨトと一緒にある人達を探しに浮き島に渡っていた。そして見つけたふたりの男女と一緒に屋敷へと帰ってくる。


カティリア

「リクちゃんおいで」


リク

「!パパ、ママ!」


リクママ

「リクちゃん!」


リクパパ

「リク元気にしてたか?」


リク

「うん!リクもう病気治ったの!」


リクパパ

「そうなのかい?」


カティリア

「えぇ。なのでもうここで保護する必要は無くなりました。一緒に帰ってあげてください」


リクママ

「ありがとうございますカティリア様っ」


カティリア

「いえ、ボクではなくて。今はちょっと外に出ているのですが東国の神様が治してくださったんです」


リクママ

「そうなんですか。ぜひその神様にもお礼をお伝えください」


カティリア

「もちろんです」


 「では」と言ってカティリアはまた何体もの幻影を創り出して住民達を地上に送って行った。家が焼け落ちてしまった住民は他の住民の家や神域に戻った。


カティリア

「明日からは集落の復興作業ですね」


袮雪

「それと、神様の復活ね」


カティリア

「袮雪さん。おかえりなさい」


ヨト

「神様の復活ってどうすんの?」


袮雪

「まずは神様の魂と肉と骨を術で種にして、その種をそこに居る牡丹の中に入れて、牡丹と吹雪の霊力と神気を注いで育てる。そして産む」


カティリア

「神竜を産み落とすんですか…?」


袮雪

「そう。死者蘇生じゃなくて再誕させるの」


ヨト

「そんな事ほんとにできんの?」


袮雪

「出来はする。成功するかはまた別だけど。さて、じゃあ早速取り掛かるけど、カティリアくんあの離れしばらく借りていい?」


カティリア

「えぇ。構いませんよ。いいよね、ヨト」


ヨト

「うん」


袮雪

「種を育ててる間は絶対に離れを覗かない事!それから吹雪と牡丹の食事は俺、もしくはお銀ちゃんが運ぶ事。以上!じゃあヨトくんその皮袋ちょうだい」


ヨト

「あ、あぁ…はい」


袮雪

「ん。じゃあ神様一緒に来てください。ふたりも行くよ」


「うむ」


 袮雪はヨトから革袋を受け取り神様と吹雪と牡丹を連れて木の上の離れに向かう。


【離れ】


袮雪

「では神様には眠ってもらいます」


「それだけで良いのか?」


袮雪

「出来れば生前のご自身の姿を強く持って眠って頂けると、より元の状態に近付くと思います」


「うむ。了解した。やってくれ」


袮雪

「牡丹、準備はいい?」


牡丹

「いつでもいいわよ」


袮雪

「うん。じゃあ始めよう。〈―雪に閉ざされ、雪に包まれ、冬を越す眠りに落ちよ。春を待つ命―〉」


「これは」


魂が圧縮される…。


 神様の魂は袮雪の手の中で小さな光の玉となり雪に包まれた。


袮雪

「次は身体。〈―血は水に、肉は土に、骨は種子の殻に転ず、空の種子には春を待つ命を―〉」


 神様の肉片と骨片は混ざりあってぎゅっと小さな種になり、そこへ雪に包まれた魂を入れ込む。その種を今度は牡丹に渡す。牡丹は力を解放して神に近い存在になっている。


牡丹

「終わりを迎えた愛おしい仔。再び生まれる為に母の元へ還りなさい。〈―回帰―〉」


 手のひらの神様の種はふわりと浮かぶと牡丹の腹の中に入っていく。


牡丹

「いい子ね。そのままお眠りなさい」


袮雪

「吹雪、鬼帝紋きていもんは?」


吹雪

「総て」


袮雪

「ん。了解。じゃ俺外で領域の作成するから。あとお願い」


吹雪

「はい」


 離れの外に出て戸を閉める。その戸に両手を付けて呪文を唱える。


袮雪

「〈―自陣作成:白凪ノ國―〉」


 さぁと涼しい風が吹き抜け、離れの中は雪景色に変わった。その雪はただの雪ではなく、袮雪の霊力が雪に変換されたものだ。吹雪と牡丹はその雪の霊力を自分の力に変換してこれから種を育てる。


吹雪

「では始めましょう」


牡丹

「きて、吹雪様…」


吹雪

「私に敬称は必要無いと何度言えば覚えるのですか。お前は」


牡丹

「どれだけ時間が経っても変わらず憧れなんだからしょうがないでしょ」


吹雪

「…全く。始めますよ」


 そう言って吹雪は雪の中に牡丹を押し倒した。



◈◈◈

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