第15話 ナオキを叩き続けるにゃん

「ハハッ。いつの間にか名瀬研の最弱が僕になっちゃったなぁ」

「そんなことないにゃん。三日間徹夜したナオキよりは強いのにゃん」

「何のフォローにもなってねえぞクソ猫」

 にゃははと笑うポニャンザに素早くツッコむ。

 王雅戦第1局を終え、ボクは名瀬宅をお邪魔していた。名瀬研の予定日であったからである。名瀬宅ではポニャンザも姿を見せ続けており、名瀬先生や秋子さんからいつも愛されている。

 ただ、藤倉名人は姿を見せていない。ボクとのタイトル戦を終えるまでは参加を控えさせてほしいと名瀬先生に申し出があったらしい。「僕とのタイトル戦の時は気にせず来てたのに、名人は本格的に増渕を警戒しているんだな」と語る名瀬先生の表情はどこか寂しげであった。



「負けました」

「ありがとうございましたにゃん」

 ドヤ顔をしたポニャンザがにんまりこっちを見つめてくる。最近、すっかり気を良くしているようで内心ちょっとムカついている。

 これでポニャンザに何連敗しただろう。王雅戦第1局以降、一度だって勝てていない。ポニャンザが言うには、王雅戦の最中に覚醒したらしいのだが、本当に手がつけられなくなった。今までの棋風ががらりと変わり、序盤で守りを重視しつつも、ぐいぐいと盤面全体を使って攻めてくるようになった。それも、省エネで。今の対局も、金銀も守りに使い、桂馬や香車を中心にした攻めに屈してしまった。どうしてこれで攻めがつながるのかわからない。ボクは、タイトル戦の真っただ中にもかかわらず大きな壁にぶつかった気がした。


「にゃーを崇めるにゃん。敬愛するにゃん。感服、敬重、心酔するのにゃん!」

「こんな時だけボキャブラリー豊富になってるんじゃねえ」

「ハハッ。これで僕も9連敗だ。どう手筋を変えれば優勢になったんだろか」

 ボクとポニャンザが対局する傍ら、名瀬先生は先ほどのポニャンザとの対局をソフトに起こしてAIに評価してもらっていた。すると、AIでさえすぐには見いだせなかった好手をポニャンザは指しており、まして悪手たる手は1つとしてなかった。手を進める度に、右肩上がりでポニャンザ有利との判定をAIは示していたようで、名瀬先生はお手上げ状態だった。そして、この間に指していた対局でもボクは負けた。


「これは些細な疑問なんだけどさ。ポニャンザ君は自身を変えるために未来からやって来たわけだろ。僕が思うに、もう未来のAIとも十分渡り合えるくらいに強くなった可能性があると思うんだ。まぁ、未来のことなんてわかんないけどね。で、それならさ……どうしてポニャンザ君は未来に帰れないんだろう」

 名瀬先生の問いかけは、ボクも何度も考えていたことだった。ポニャンザに以前「お前って帰ろうと思えばすぐにでも帰れるわけ?」って聞いたら「知らんにゃ」と、まるで他人事の返事をもらったことがあり、どうやら自力で帰還することは不可能なのだとボクは推察している。

 ポニャンザが帰れない理由。実はまだまだ強くなれるのか、それともこの時代でやり残したことがあるのか。考えたところで答えなどでなかった。




 王雅戦第2局は藤倉名人の完勝で終わった。よほどボク相手に研究してきたと見え、名人が研究したのであろう手順に誘導され、はっきり言って打つ手なしだった。マスコミも、「藤倉名人の完勝譜」、「名人が本領発揮、八冠維持に向け視界良好」と本棋戦を取り上げていた。一方でポニャンザは「今のはしょうがないにゃん。あの名人に勝てるのはにゃーくらいだったろうにゃん」とちょっと生意気ななぐさめをしてくれた。いつもは鬱陶しい一言なのだが、この時ばかりは心に沁みた。

 そして第3局は下馬評を覆してボクの勝利。先にタイトル獲得に王手をかけた。千日手が二度も続き、第1局に続き深夜にまで及んだ対局のなかで名人にミスが続き、ボクが勝ち切った。八冠を2年近く保持しておいる名人にタイトル戦で2勝以上した例が過去2度しかなく、まして先にリーチをかけたのはボクが初めてだった。そのため、対局後は世間が大いに沸いた。

「ハハッ。僕の十八番を奪わないでくれよ」と師匠は対局後にからかってきたが、決して奪いたいとは思わない。深夜までの熱戦は著しく体力を消費する手前、対局翌日には体重が5キロも減っていた。こんな対局何度も続けてたら体重が0になるわってわりと本気で思った。そして、こんな対局を日頃から平気でこなしている名瀬先生はマジでヤバいとも。



 そして王雅戦は第4局を迎えた。会場は静岡県御殿場市。天候が悪く、朝から大雨が降り頻っていた。正直、雨はあまり好きではない。あまりに強いと頭痛が起きるし、気分がどんよりするのだ。せめて曇り空であってほしかった。

「ナオキ、勝つにゃん。勝ってお前は真の男になるのにゃん」

「わかってるよ」

 ガッツポーズするポニャンザに合わせ、ボクは軽くこぶしを握った。天候が全く身体に影響を与えないポニャンザが羨ましく思えた。


 ボクは対局室に入った。名人は一足先に来ていたようで、正座して盤面をずっと凝視していた。名人がちらりとこちらに上目遣いで視線を送ってきた。

「よろしくお願いします」

 ボクは声に迫力を持たせて名人に礼をした。

 戦いの火蓋が切って落とされる音がした気がした。

 

 

 

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