第16話 にゃーの常識も破壊するのにゃん
「これは意外な展開になりましたね」
「ええ、本当に」
王座戦第4局。控え室にて名瀬は、向かいに座るプロ棋士と駒を並べ合っていた。
戦況は、なんと後手番の藤倉名人が奇襲をかけてきたことで荒れに荒れていた。増渕が守りを固める前に攻め手を一気に伸ばし、牙城を崩しにかかったのだ。その結果、増渕の陣形は崩壊。ただし、名人もほぼ守りに手を加えられていないため、お互いパンチで殴り合うような構図と化している。序盤がそんな展開なものだから、中盤と呼べるものが消え、一気に終盤に局面が進んでいる。
「ハハッ。名人がこんな戦い方を選ぶなんて……よほど増渕に勝ちたかったとみえる」
名瀬は嬉しそうに扇子をぱたぱた煽った。
くそっ、どう指しても打開できる手が見つからない。ポニャンザならどう考えるだろうか。やはり、打つ手なしと見るか。それとも……
夕食を終え、ボクは歯ぎしりしながら次の一手を考え続けていた。増渕の玉は必死と呼ばれる状態になっており、どう受けようが詰まらせてしまう形になってしまっている。かたや名人の玉はどう王手をかけても一手足りない。一手差で名人の勝ち。そう認めざるを得ない有り様だった。
ボクは考えた。ありとあらゆる王手を。そして、いくつかの分岐の末に辿り着いてしまうのが……
……打ち歩詰めにゃん。
ポニャンザもまた、そう読み切っていた。
打ち歩詰めとは、持ち駒の歩を打って相手玉を詰ませることであり、これをしてしまうと反則負けになってしまう。あと一歩まで追いこめるのに、詰ませることができない。
藤倉名人はギリギリの局面を制することで知られている。負けたある棋士が、「UFOキャッチャーでギリギリ取れない景品ってあるじゃん。名人の玉ってそんな感じなんだよ。これってすごくないですか?」とコメントしていた。名人はギリギリ詰まずに勝てるようなら攻めを緩めない。そしてその精度は他のどのプロ棋士と比較しても群を抜いている。
実際、会場に設けられたAIソフトは藤倉名人に+9999の評価を下していた。アホみたいな手を指さない限り、名人の勝利だという評価値を。観戦していた誰もが、名人の勝利を疑わなかった。
だが、ポニャンザだけは違った。ポニャンザが見たナオキの目は、死んでなどいなかった。きっとナオキなら何かやってくれる。そう信じてエールを送った。
ナオキ、頑張るにゃん!!
何か、何かあるはずだ……!
ポニャンザからのエールを耳にしたボクはひたすらに考え続けた。ポニャンザは強くなって以降も対局をボクに任せ続けてくれている。そして、対局中はこれまで決して何も喋ってこなかった。そのポニャンザがボクにエールを送ってくれた。つまりは、何かがあるはずなんだ。
実際はポニャンザに起死回生の手など全くなかったのだが、ボクには希望が生まれた。この死んだ局面を大逆転できる手があるんじゃないかと。
持ち時間1時間フルに使いボクは考え尽くした。その時だった。天啓がボクのもとに降ってきたのは。はっとし、何度も手順を見直した。
そして、反射的にボクは駒を動かした。その手はーーー
5、5三角不成にゃん!?!?
正座していたポニャンザの身体が驚きで一瞬宙に浮いた。意味が、意味がわからないのにゃん!角を成らないことに意味なんてあるはずないのにゃん。
ナオキの気が狂ったのかと思ったが、ナオキの目は燃えるようだった。そして逆に信じがたいものを見たような目をし、唖然としていたのが藤倉名人だった。
ポニャンザには何が起きているのかを理解できなかった。
「4四銀同玉に4五步……駄目だ、角を成らなかった意外は無難な手だ。詰まない。AIの評価も変わりないぞ」
「うちの愛弟子は何を考えているんでしょうねぇ」
名人も持ち時間を使い切り、一手一手が早く進んだ。だが、手が進んでもAIは名人勝利を信じて疑わなかった。控え室で名瀬は考えていた。そういえば、自分も角不成の手を指して話題になったことがあったなと。もっとも、その手は名人には絶対通用しないのだが。
昔話を思い出しながら名瀬はぶつぶつ手を考え続けた。王手をかけ続けるなかで飛車を取った時、そこでふと閃いてしまった。
「まっ、まさかこれは……!」
王手ラッシュをかけ続けながら、ボクはもう確信していた。
この将棋…………名人の頓死だと。
ボクは5八にいた飛車を持ち、再度その手を勢いよく指してみせた。
5、5一飛不成にゃん…………!
またもナオキは意味不明な手を指した。不成であること以外はありふれた王手を。
ナオキが壊れてしまったのにゃ。ポニャンザは自らの常識さえ疑い始めていたのだが、次の瞬間、脳天に雷が落ちたような衝撃が走った。
にゃ、にゃにゃあああああーーー!!!!
思わず悲鳴をあげそうになった。
何かの間違いではないかとさえ思った。何度も自身の認識を確認した。
今まで名人の勝利を断定させ続けていた己のデータ。それが……その一瞬で、ナオキの勝利確定に上書きされていたのだ。
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