第8話 奨励会員を殲滅するにゃん
「にゃにゃにゃ。無駄にゃん無駄にゃん!」
「……負けました」
「ありがとうございました」
一礼をして対局を終える。対局相手の奨励会員が呆然とした目で盤面を見つめている。
本日は8月15日、奨励会入会試験をボクは受けている。昨日までが1次試験で、受験者同士の対局が試験内容であったが、当然ながらポニャンザが対局相手をボコボコにした。中には号泣している小学生もおり、トラウマを植えつけてしまったかもしれないとボクは気に病む。だが、これは勝負の世界なのだと理解してもらいたい。
今、2次試験である奨励会員との対局を終えたところだ。当然ながらポニャンザの圧勝。「こんなガキ、にゃーの敵じゃないのにゃん」と、毒舌を吐きながら猫娘が後ろで高笑いしている。
これで対局は合格。あとは面接と作文だが、これはボクが頑張るしかない。仮にポニャンザに面接させたとて十中八九不合格に決まってる。
「おめでとう、増渕君。奨励会合格です。5級からにはなりますが、プロを目指して一歩ずつ踏み出していってください」
「はい、ありがとうございます」
将棋会館にて幹事のおじさんから合格の通知を受ける。あっさりとではあるが、この日、晴れてボクは奨励会員になった。ボクは会員になった嬉しさよりも、受験料入会金合わせて10万円以上をお母さんに支払わせてしまったことへの申し訳なさのほうがより心に残った。
「君が名瀬君のお弟子さんだね。よろしく。ここでお互い棋力を磨きあげていきましょう」
これは奨励会入会前の話。ボクは名瀬先生とともに、
ちなみに藤倉名人、名瀬先生とともに腕を磨く名瀬研はごくたまにしか行われないらしい。藤倉名人が多忙だという事情からだという。ポニャンザは再度姿を消したようで、今はボク以外に姿を見せていない。
「ちょっとは骨のある奴だったが、にゃーの練習相手くらいにしかならないのにゃん」
「……負けました」
「ありがとうございました」
熊研にてまず戦ったのは水木女流二段。ぽっちゃりした地味目な印象の棋士だ。「名瀬先生のお弟子さんね。よろしくね」と声をかけられたがややとっつきにくい感触だった。
初の女流棋士ということでボクは気構えていたが、正直そこまで強い印象はなかった。ネット対局での方がよっぽど手強い棋士がいるものだ。ちなみにここまでのネット対局の成績は1202勝2敗(2敗はどちらもAIが不正に使用されたとみられるもので、すぐにアカウントが消去されていた)だ。文字通りポニャンザには敵なしである。
「5八金のところで玉を逃したら……」
「そこは▲8七桂△8九玉▲7九飛からで後がないかと……」
「じゃあここをこうして……」
水木女流棋士と感想戦をしているが、話す度に彼女が困り果ててしまっているのをボクは感じ取った。手を指摘しているのはもちろんポニャンザだが、彼女としては将棋を覚えたての少年に完全にやりこまれていると感じているのだろう。やがて、水木女流棋士の口数が少なくなり、感想戦が寂しく終わった。
「いやあ、増渕君は本当に将棋を始めてまだ数カ月なのかい。信じられない……」
そう声をかけてきたのは熊晃九段である。周囲の棋士が盤面を睨みつつ、皆こちらに注目している。全集中しているのはバナナを食べながら次の手を考えている名瀬先生くらいだ。
「まさか君みたいな子が高校まで将棋を指してなかったなんて、もったいない」
「いえ……」
「ぜひ私とも1局指してくれ。君の力を知りたい」
誘いを受け、ボクは熊先生と対局をした。
熊先生は九段といっても50代後半のベテラン棋士で、残念ながら棋力は全盛期のそれに遠く及ばない。「むむ、なかなかやるにゃん」と序盤は口にしていたポニャンザも手が進むにつれて「よし、ミスったにゃん。こっちのものにゃん!」と勢いづいて快勝した。
感想戦にて熊先生から「まさかここまでとは……本当戦い方が名瀬君そっくりだな」と感想戦はそこそこに、いつも言われるコメントをもらった。
「君は早くプロになって成長したほうがいい。奨励会頑張ってくださいね」と激励をもらったので、「はい、頑張ります」と答えた。最近はポニャンザも「にゃーならお前みたいなオヤジはコテンパンにゃ」みたいなあからさまな悪口は、ベテラン棋士
相手には言わなくなった。
奨励会においては、常にボクは浮いた存在だった。高校生からの入会、名瀬先生唯一の弟子、名瀬研の参加者などとんがったエピソードが多すぎるのと、コミュ障で、しかも相手を無残に破る将棋を指すのとで、相手にしづらいのだと思われる。
「早くプロになっちまえよ」「生意気だよな、あいつ」など陰口があちこちから飛び交っているのをボクは知っている。何割かは嫉妬の気持ちが籠っているのだろう。
「じゃあ最速でプロになるにゃん」と自信満々にポニャンザがいつも口にするので、ボクとしてはさほど苦ではなかった。ポニャンザとともに、1日も早くプロになるのだという気持ちのもと、将棋に明け暮れた。
ちなみに奨励会では、ボクも何手か指させてもらった。結局はポニャンザ頼みの勝ちだが、自分の手もまた勝ちに貢献していると考えると少しは自信になった。
そして奨励会入会しておよそ1年半。前代未聞の全級全勝というキチガイな成績を引っさげ、ボクは四段プロデビューを果たした。
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