第18話 次代カミサマの決め方

「梵、アンタは次代のカミサマに決まった」


「えっ」


声が出たのは、俺だった。


次代の神、梵が?


「な…んで?」


声が掠れて、上手く声が出なかった。


何かの冗談であって欲しいと、切に願った。


「公平に決まったことだ、籤で」


「籤って……あの籤……!?」


「ああ、そうさね。あの籤だ」


「アンタ……正気か!?」


詰め寄る勢いで、俺は識ばあと距離を詰めた。


「そんなふざけたことで、梵が神になるって決まったってことかよ」


「ふざけてなんかいないさ」


「何百、何千年と前からこの村はそういうしきたりだった。それだけのことじゃないか」


「アンタなぁ!」


「天、やめて!」


「っ……!」


梵が、珍しく、大きな声を出した。


一瞬、梵は深呼吸をして、顔を上げた。


いつも通り、ここではないどこかを見ている目が、識ばあを見ていた。


「次代のカミサマのお役目、ありがたき光栄にございます」


急に硬い言葉遣いをしたから、俺の頭はポカンとした。


何だ、この不快な感じは。


「梵、カミサマの部屋がうちにもあるだろう。ご挨拶してきなさい」


「わかりました」


梵は立ち上がり、廊下を歩こうとする。


「ちょ、ちょっと待てよ!」


「触るな!!!」


梵を引き止めようとした時、凡そ識ばあから出るとは思えないほどの怒声の様な声が聞こえた。


「な……!」


「これから少なくとも数時間、次代のカミサマは体を他の人間と接触してはならないのさ」


「お清めを行うからね」


「何だそれ、イカれてる……」


「ああ、その通りさ。イカれてるのさこの村は」


そうこう言っている間に、梵は見えないところまで行ってしまった。


「ま、待てって」


梵は止まらない。


「梵!」


思わず怒りのこもった目で、俺は識ばあの顔を見た。


「アンタ……何とも思わないのか!?」


「ああ、なんとも」


「逆に何でアンタは、梵の門出に祝ってやれないんだい」


「は?門出?これがか?」


思わず握る拳に力が入る。


「ああ、そうさね」


「何で……何でアンタはそんな平然としてられるんだ……?」


「……天、アンタもこの村のことはだいたい知っているんだろう」


「なんでそれを……!」


「なぁに、アンタ達がこの村のことを嗅ぎ回っているのは知っていたさ」


識ばあは俺を真正面から見据えた。


思わず身震いするほどに、何かを見透かす様な目を俺に向けた。


「一部の村人と接触したのも、カミサマの像の下の記録を持ち出したのも知っているともさ」


「アンタ……全部知ってて……!?」


「これだから、ケツの青いガキはだめさね」


識ばあは首を振った。


「何だって……!」


「アンタたちはそれが全て、巡り合わせだとか、自分の力で知り得たものだとでも思っていたのかい?」


「は?意味がわからない」


「アンタ達の行動の全ては、私が仕組んだものさね」


「仕組んだ……?」


「村の人間に接触を頼んでいたのも、あの時間にわざとカミサマの部屋の侵入を許したのも私さ」


「なっ……そんなことして何のメリットが……」


「それを天、アンタが知る必要はないのさ」


「……っ!付き合ってられない、俺は梵とこの村を出る!」


俺は立ち上がった。


もうこれ以上、平静を保って座っていることなんて無理だった。


「天、アンタ変わったじゃないか」


「え?」


思わぬ言葉に一瞬、やり場のない怒りすらも止まった。


「ここにきたばかりの頃のアンタが、今の状況の梵を見たら」


「その頃のアンタは、そんな啖呵切れたかい?」


「……!」


無理だ。


答えはすぐに出てきた。


俺はこんな、情に厚い人間だったか?


俺はもっと、損得だけで動いていたはずだ。


俺は、世界の全てが敵だと思っていた。


でも、何でこんなことを俺はしているんだ?


「……!」


とにかく動きたかった。


この気持ち悪さを、少しでも誤魔化したかった。


「無駄だよ、梵はもうこの家にはいない」


「なっ……!」


「カミサマの部屋に行く廊下に、村人を配置させている」


「この意味が、わかるだろう?」


「梵を……梵をどこに連れていった!」


「それを、答えると思っているのかい」


「……クソッ!」


俺はあの、カミサマの像のあった部屋まで走った。


「梵!」


部屋に入るが、やはりもぬけの殻だった。


「クソッ、クソっ、くそっ……!!!」


思わず壁を殴る。


梵、梵がいない。


それだけのことが、何故こんなにも苛立たしいのだろう。


それだけのことが、何故こんなにも喪失感を覚えさせるのだろう。


それだけのことが、何故こんなにも怖くてどうしようもないのだろう。


「そうだ、台座の下の本に何か、打開策は……」


ペラペラと全ての本を見るが、何もわからない。


読めなかった。


「何か、何でもいい、無いか!?」


血眼になり探しても、一向に梵の手がかりは見つからなかった。


「なんで、なんで何もねえんだよ……」


思わず膝を付いた。


梵が、消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る