第19話 変われない俺の抗い方

「アンタには無理だよ」


識ばあの声がした。


「なんでそんなことを言い切れるんだよ!」


思わず言い返す。無性に腹が立ってしょうがなかった。


「昔、似た様なことを言った夫婦が……いたのさ」


「は?」


「俺たちの存在意義はなんなんだ、と」


「こんな世界、クソ喰らえってね」


息を呑んだ。


俺が抱いた世界への気持ちと、全く一緒だった。


「ある時から、いつも言っていたよ」


「『こんな世界、抜け出してやる』って」


「私は、内心でバカにしていた」


「この村は政府に監視されている」


「それに、この村を出てどうやって生きて行くのだと、バカにしていたのさ」


「……」


「結果から言うと、その子達はこの村を出れた。歳の小さい子供も連れて……」


「……前例があるのか!?」


「人の話は最後までお聞き」


識ばあは一度、ため息をついた。


「あの子達は、それからただの一度も姿を現さなかった」


「ただの一度だって。表せなかったのさ」


「なんでだよ」


「交通事故で死んだ、そういう風に事故死の細工ををされたからさ」


「……何が言いたい」


「例えこの村を出たとしても、平和な生活が待っているわけじゃない」


「それどころか、口封じのために狙われる可能性だってある」


「アンタは本当にそこまで考えていたのかい?天」


「……そこまで、考えてなかった」


「確かに梵が神になるのは、広義の価値観で言えばおかしいだろう」


「でもね、天。この村はおかしい」


「いや、この村そのものを成り立たせている世界がおかしいんだ」


「識ばあ、全部わかっててなんでそんな……」


「おかしい世界での、唯一の存在意義は神になることなのさ」


「は……?」


「この村の人間に残された可能性は、神に選ばれること」


「そんなのは可能性じゃ……」


「この村にきて四日程度のアンタが、何を語るってんだい」


「……」


「気がついたら、こんな狭い村に呼ばれて」


「ただ生きて行く為にだけ生きて」


「この村から出ることはできず、この世界を恨むことにも憎むことにも疲れて」


「ここに来た意味があるのだと思わなければ、自らが死んでしまう」


「そんな環境に、この村の人たちが何日、何ヶ月、何年、何十年いたと思っているんだい」


「アンタに、それを否定できるだけの意見も、重みも、責任もあるのかい」


何も、言えない。


あまりにも薄く、軽い俺ごときの言葉じゃ。


今の俺じゃ、何も言えない。


「……色々言ったけれどね。アンタはこの村に至る資格はあっても、住人じゃあない」


「きちんと三日後に出ていけば、普通の生活を送ることはできるはずさ」


「……っ」


振り返る。


何か、言いたかった。


否定できるような何かを、言いたかった。


けれど、その時にはもう識ばあはいなかった。


「……」


俺に何ができる?


俺は、何も言い返せなかった。


何故、四日程度しかこの村にいない俺が、何かを変えられると思ったのだろうか。


俺は、何か変われたと思っていたのかもしれない。


けれどどうだ、現実は何も変わっていない。


世界も、自分も、何も。


逃げ続けた俺と、無力な俺と何も変わっていない。


「どうすりゃいいんだよ……梵……」


俺はフラフラと立ち上がる。


そうだ。逃げ続けた、卑怯な俺に何ができるんだ……?


梵に、話を聞きたかった。


//////////


「……そりゃ、誰もいないよな」


梵のいないプラネタリウムに、俺はいた。


考えてみると、昼間にこの屋根裏部屋に訪れたのは初めてだった。


午後五時を誰も告げることがないまま、夕焼け小焼けだけが流れていた。


「こうやって、ドーム上に布を張っていたのか……」


しげしげとあたりを眺めた。


意外に私物は多くて、プラネタリウムの機械だとか、とても古そうな漫画雑誌だとか、脱ぎっぱなしの私服だとかがあって。


ナイフやメモ帳、アウトドアグッズや、二リットルペットボトルが数本だったりだとか。


そういったものが、無造作に置いてあった。


到底、ここから人がいなくなるなんて考えられないくらい、生活感に満ちていた。


「これは……」


一冊の本が落ちていた。


タイトルは『Journey to starry』中身を開いてみる。


「これは……」


一面の星空だった。


いや、星空についてまとめられた本だった。


俺は星に興味を持ったことなんて、さらさらない。


けれど、それでもこの本を開いた時。目の前に星空が広がっているのだと錯覚させられた。


星に興味のない俺でも、一瞬綺麗だと思った。


「この世界を伝えたくて、梵は……」


梵は言っていた。


「この星空をこうやって、誰かに伝えたかった」って。


「梵……」


ページを捲る、すると何かがページの隙間からハラリと落ちた。


「なんだ?」


それは古ぼけた写真のようだった。


「なんだこれ……」


幸せそうな男女が一組、そしてそれを暖かく見守る老婆が一人……


「識ばあと……は……?」


「え……だって、いや……」


だっておかしい。


俺はこの村に来たのは初めてだ。


けれど、この写真に写っている人物は初めてじゃない。


識ばあと一緒に写っているこの夫婦は、俺の両親だ。


写っているはずがないんだ、こんなところに。


いや、物心ついてから『初めて』だ。


それなら、説明は付くんだ。


この写真に写っている、幼稚園ほどの少年と少女。


これは、きっと、俺と梵だ。


俺が、他ならぬ俺と梵を見間違えるとは言えない。


俺たちは、ずっと。


ずっと、昔に会っていたんだ。


「なんだよ……それ」


思わず膝から崩れ落ちる。


俺は、俺は最初からこの村の人間だったんだ。


「確かめないと……」


ふらふらと写真を持って立ち上がる。


そうだ、確かめなければ。


これが一体何なのか。


俺は何者で、識ばあも梵も何者なのか。


なんだかとても嫌な感じがして、気持ちが悪かった。


////////


「おい!」


識ばあを見つけ、開口一番そう言う。


「何さ、もう話すことは話したろう……」


「これだよ!これはなんなんだ!」


そう言い、俺は写真を識ばあに突き出す。


「ああ……これかい」


識ばあはしげしげと眺めて、言った。


「梵……こんなものを隠し持っていたのか」


「もう、逃げさせねえ」


「お前、何を知ってるんだ!この写真はどういうことなんだ!」


「……まぁお座り」


「お座りって……これが落ち着いていられるとでも……」


「いいから!……お座り」


「……」


有無を言わさせない態度に、少しばかり不満は持ったが俺は座る。


「……この件について深追いするなと言っても、どうせお前さんはするんだろう?」


「ああ」


「これは、俺だけの問題じゃない」


「……はぁ」


少しため息を吐き、識ばあは俺の方を向いた。


「これから話すことは、どれだけ残酷でも、どれだけ不条理でも全て事実だ」


「アンタにとって、気持ちのいい話ではないだろう」


「覚悟はできているかい?」


「……正直、あんまし」


「だけど、逃げる気にはならない」


「十分さ」


「長くなるが、文句はないね?」


俺はこくりと頷く。


「それじゃあ、話そう。私の、罪の記憶の話を」


そして長い長い、俺には想像もつかないほどの、後悔の話が幕を上げるのだった。

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