第3話 いきなり王の補佐役に抜擢される
黒衣の男が、掌に宿した火光を放つ。
閃光が走り、爆音が書庫を揺らした。
熱風が顔を焼き、積み上げられた帳簿の束が宙を舞う。
「くっ……!」
私は反射的に身を伏せた。
空気が唸りを上げ、肌に痛みが走る。
「ユーマ、そのまま伏せていろ!」
イリス陛下は呪文のようなものを唱えながら、両腕を突き出した。
目の前で水の壁が弾けるように展開し、灼熱の火弾をかろうじて受け止める。
火光の反射角を見て、私は即座に理解した。
「陛下、右です! 棚の陰からもう一発来ます!」
イリス陛下は反射的に水壁をずらし、火弾がすぐ横を掠めた。
私を殺害し損なった暗殺者は、舌打ちをして矛先を変えた。
攻撃の狙いは、棚の奥――。
「陛下、帳簿が……!」
帳簿の束は一瞬で炎に呑まれた。
火が天井まで駆け上がり、熱風が吹き荒れる。
「やめろぉぉっ!!」
イリス陛下の叫びとともに水魔法が炸裂する。
豪雨のような水流が広間を覆い、部屋中をずぶ濡れにした。
煙はくすぶり、火はあっという間に鎮まった。
それでも、遅かった。
追う暇もなく、暗殺者の姿は煙の向こうに消えた。
帳簿はすべて燃え尽き、私の手元にある一冊も、水でインクが流れ落ち、判別できない。
「私が……もっと上手く魔法を使えれば……!」
イリス陛下が唇を震わせる。
小さな手のひらには、魔力を使いすぎた反動か、細かな傷が残っている。
「……私は、魔法が下手なのだ。結界を張るつもりが、また暴発させてしまって……」
俯いた肩が小刻みに揺れる。
「――陛下。あなたがいなければ、この書庫は丸ごと燃えていました。魔力ゼロの私から見れば、まさに奇跡のような力です。実際、私は何もできずにしゃがみこんでいるしかなかったんですから。もっと自分の力を誇ってください。あなたの力が、私を助けてくれたのです」
「ユーマ……」
イリス陛下が恐る恐るというように顔を上げる。
「そんなふうに言ってくれたのは、亡くなった兄上以来、ユーマが初めてだ……。……それにユーマ、どうして私を助けてくれるのだ?」
「この国の今の状態が、どうにも放っておけなかったんです」
私は焦げた帳簿を見つめた。
「腐った上層部、傾きかけた国、軽んじられる幼き王――これほど燃える現場はそうありません。私はずっと、整った場所で無難な成果ばかり出してきた。でも本当は、逆境の中でこそ力を試したかった。それに――」
イリス陛下に視線を戻し、肩を竦めてみせる。
「この世界では、まだ私の居場所がありませんからね。どこかで実績でも作っておかないと、野垂れ死にです」
「そんなこと、させない!」
イリス陛下が声を張り上げた。
濡れた銀髪がわずかに跳ねる。
「ユーマの居場所は私が必ず用意してやる」
「……早計ですよ、陛下」
私は苦笑し、穏やかに言葉を返した。
「まだ私は、何の結果も出していません。そんな人間を容易く信用してはいけません。実力で認めさせてご覧に入れますので、そのときは文官にでも採用してください」
イリス陛下は首を横に振り、涙を堪えるように唇を噛んだ。
「いいや、私の判断は間違っていない! あなたは絶対に信用できる方だ! 文官などではなく、私の補佐役になると約束してくれ」
陛下の小さな手が、震えながらも差し出された。
「そなたとだったら、私はこの国を腐敗から救える気がするのだ。この通りだ、頼む……!」
書庫の残り火がパチ、と音を立てた。
確かにこの国は、ひどい状態だ。
今のところ、陛下には味方が一人もいない。
だが、こういう誰も手をつけない現場こそ、私の得意分野だった。
それに、まだ会って数時間のはずなのに、この孤独な少女に対して、親戚の子供に向けるような、奇妙な情が芽生えはじめてもいた。
「わかりました、陛下」
私は静かにその手を取った。
「補佐役、引き受けましょう」
イリス陛下の顔にパアッと明るい笑顔が広がる。
陛下が心底喜んでくれていることが伝わってきた。
この期待を裏切るわけにはいかない。
腐った国をどう動かすか――考えるだけで、胸が高鳴る。
それに私の中にはすでに試してみたい案が浮かんでいる。
(この方法が上手くいけば、陛下の状況は一変するはずだ)
計画が成功するかどうか。
それは、魔力量ではなく、私の頭の中身だけにかかっている。
……面白くなってきたじゃないか。
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