第5話:【続編】私が思う、頑張った人が報われる社会の本当の目的
第一部で提示した疑問からさらに深く掘り下げる。
いま一度逆の立場で考えてほしい。
ふたりの例を想像してみよう。
高収益を生む職に就く「頑張った人」が増え続ける一方で、食料生産、物流、介護、保育といった不可欠な労働が誰にも担われなくなる社会は成立するだろうか。
それとも制度設計側は最初から「必ず落ちる多数」を想定して、意図的に排除の論理を組み込んでいるのか?
本章は、努力神話の裏にある設計意図をあぶり出し、「誰も切り捨てない」価値基準の再構築を目指します。
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『「努力の国」の正体──美しいスローガンが隠す階層固定のメカニズム』
## 序章:検索する夜
深夜2時。スマホの青い光だけが部屋を照らしている。
検索欄に「努力 報われない なぜ」と打ち込む。
画面には「頑張れば必ず報われる」という自己啓発記事が並ぶ。でも、あなたは毎日頑張っている。朝早くから夜遅くまで働き、家族のために必死に生きている。
それなのに、給料は10年前と変わらない。子どもの教育費は上がり、親の介護費用も増える一方だ。
「自分の努力が足りないのか?」
その問いが、胸を締めつける。
でも──本当にそうだろうか?
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政治家は言う。「頑張った人が報われる社会を作る」と。
美しい言葉だ。希望に満ちている。
でも、この言葉を聞くたびに、どこか息苦しさを感じていないだろうか。
「頑張れば報われる」──これは希望の言葉なのか、それとも呪いなのか。
このエッセイは、その問いから始まる。
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## 第1章:「努力した人」の完全定義
### 誰が「頑張った人」なのか
「頑張った人が報われる社会」──この言葉を掲げる政治勢力がある。
日本維新の会は、2025年の政策文書で「頑張る人が報われる社会へ」を基本理念に掲げている。社会保険料を下げ、手取りを上げることで、働く意欲に報いるという。
では、「頑張った人」とは誰のことなのか。
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維新をはじめとする政治勢力が定義する「努力」は、こうだ:
- 数値で測定できる成果
営業成績、生産性指標、株価上昇率など、KPIで計測可能なもの
- 市場で金銭に変換できる価値
IT起業、金融商品開発、特許取得など、直接的な収益を生むもの
- 他者との差別化(希少性)
「誰にでもできる」仕事ではなく、特殊技能が必要なもの
- 短期間で確認できる結果
四半期決算で評価できる、即座に成果が見えるもの
- 個人に帰属する功績
集団ではなく、個人の能力として評価されるもの
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この定義に当てはまるのは、IT起業家、金融トレーダー、特許を取得する研究者、営業成績トップの社員──そういう人々だ。
では、この定義に当てはまらない人々は?
- 毎日高齢者の介護をする人
- 夜通し荷物を運ぶドライバー
- 小さな命を預かる保育士
- 家族のために無償で家事をする人
- 地域を支えるボランティア
彼らの努力は、「努力」として認められない。
なぜなら、数値化できず、市場で取引されず、短期的な利益を生まないからだ。
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### ある介護職員の朝
東京都内の介護施設。朝5時、夜勤明けの職員が疲れた足取りで施設を出る。
彼女は一晩中、認知症の高齢者の介助をしてきた。夜中に何度も起こされ、排泄介助、体位変換、急変時の対応。命に関わる判断を、何度も迫られた。
それでも、彼女の月収は手取りで20万円に届かない。年収にすれば約300万円。都内で一人暮らしをするには、ギリギリの金額だ。
同じ朝、都心の高層マンションでは、30代の金融トレーダーが目覚める。彼は前日、一度の取引で数百万円の利益を上げた。年収は軽く2000万円を超える。
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この二人の「努力の差」は、本当にそれほど大きいのだろうか?
介護職員は命を預かり、夜通し働いた。金融トレーダーはパソコンの前で数字を動かした。
社会への貢献度は、どちらが高いのか。
でも、市場はこう判断する。
「金融トレーダーは希少価値がある。介護職員は誰にでもできる」
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つまり、「頑張った人が報われる社会」とは、「市場で勝てる人だけが報われる社会」という意味なのだ。
そして、その「市場の論理」を決めているのは、政治と資本である。
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## 第2章:「努力しない人」への扱い
### 排除のメカニズム
では、「市場で勝てない人」「努力した人に当てはまらない人」は、どう扱われるのか。
彼らは三つの方法で、社会から排除される。
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1. 経済的排除
最低限の生存保障のみで、経済的向上の機会を制限する。
- 生活保護基準の引き下げ(2013年、2018年改定で実質15%以上低下)
- 就労条件付き給付制度(働く意思を証明し続けなければ支援を打ち切り)
- 最低賃金と生活賃金の乖離(全国平均で約200円の差)
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2. 政治的無視
政策決定過程からの事実上の排除。
経済界(経団連・経済同友会)との協議は優先されるが、低所得層や非正規雇用者の声は政策に反映されない。規制改革会議の民間議員は大半が大企業出身であり、労働者側の代表はほとんどいない。
選挙では投票に行く余裕さえ奪われる。高所得層の投票率は約70%、低所得層は約40%。政治は、声を上げられる人々の方を向く。
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3. 社会的烙印
「自己責任」レッテル貼りによる道徳的排除。
生活保護受給者へのバッシング報道、「ニート」「負け組」といったレッテル貼り、SNS上での「努力不足」批判の蔓延。
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### 構造的隷属という見えない鎖
「構造的隷属」──難しい言葉に聞こえるかもしれない。でも、これはあなたの暮らしに直結している現実だ。
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例えば、介護職。
高齢者の命を預かり、夜通し身体を動かす重労働。誰かがやらなければ社会が回らない、不可欠な仕事だ。
それなのに平均年収は約300万円。物価が上がり、家賃も上がる中で、この金額で暮らせというのか。
一方で、金融業界のトレーダーは一度の取引で数千万円を稼ぐ。どちらが社会に不可欠な仕事か、明らかだろう。
でも、市場は「希少性」で価値を決める。「誰にでもできる仕事」は安くていい──そう判断される。
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本当に誰にでもできるのか?
できるなら、なぜ介護現場は人手不足で悲鳴を上げているのか。介護職の有効求人倍率は約2.5倍。全職種平均の約1.3倍を大きく上回る。
答えは簡単だ。
この仕事は「誰にでもできる」のではなく、「誰もやりたくない」ほど、報われないからだ。
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社会は、不可欠な仕事を「頑張り不足」という言葉で黙らせている。
介護職の賃金は、政府が定める公定価格によって決定される。人事院勧告に基づき、国家公務員の給与に準じて算定される仕組みだ。
つまり、市場原理は無効化されている。
どれだけ需要があっても、どれだけ人手が足りなくても、賃金は上がらない。なぜなら、「財政規律」を守るため、公的サービスのコストは抑制しなければならないからだ。
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その結果、社会的コスト抑制のしわ寄せは、サービスの担い手であるエッセンシャルワーカーに「低賃金」という形で転嫁される。
最も社会に貢献している人々が、経済的に最も報われない層として構造的に固定化される。
これが、構造的隷属の正体だ。
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## 第3章:階層固定社会の設計図
### 「全員が努力した人になる」は幻想
ここで、一つの思考実験をしてみよう。
もし、全員が「努力した人」になったら、どうなるのか?
全員がIT起業家、金融トレーダー、特許取得者を目指したら──
誰が高齢者を介護するのか。
誰が物流を支えるのか。
誰が子どもを育てるのか。
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答えは明白だ。社会は崩壊する。
「頑張った人が報われる社会」は、実は「頑張らない=報われない人」の存在を前提としている。
全員が「努力した人」になることは、最初から許されていない。
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### 階層化された社会構造
この社会が実際に求める姿は、こうだ。
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【上位層:10-20%】
資本増殖に直接貢献する「努力した人」
- 高度専門職、起業家、投資家
- 豊富な社会保障と税制優遇
- 子女への優位性の継承保証
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【中位層:40-50%】
市場価値のあるスキルを持つ「努力している人」
- 正社員、専門職
- 最低限の社会保障
- 常に「努力」を続けなければ転落する不安
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【下位層:30-40%】
「努力が足りない/方向性が間違っている」人
- 非正規雇用、低賃金サービス業
- 就労条件付き限定的保障
- 社会を支える不可欠な労働を担うが、評価されない
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【最下位層:5-10%】
「努力しない人」としての烙印
- 生活保護受給者、不安定就労者
- 最小限の生存保障のみ
- 社会的バッシングの対象
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### データが示す階層の固定化
この階層は、すでに固定化されつつある。
- 世代間所得相関率:約0.4-0.5(親の所得が子の所得に強く影響)
- 大学進学率:世帯年収400万円未満33.8%、1000万円以上62.8%
- 正規雇用率:大卒75%、高卒45%の格差
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生まれた家庭によって、「努力できる環境」が決まる。
良い教育を受けられるかどうか。塾に通えるかどうか。安心して勉強に集中できる家庭環境かどうか。
「努力の機会」そのものが、平等に与えられていない。
にもかかわらず、「努力すれば報われる」という言葉が繰り返される。
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### 憲法が約束した「個人の尊重」
日本国憲法第13条は、こう定めている。
「すべて国民は、個人として尊重される」
「個人として尊重される」──この言葉の重みを、考えてほしい。
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あなたの価値は、市場で測られる前に、人間として存在するだけで尊重されるべきなのだ。
介護職として働こうが、運送業として働こうが、無職であろうが、病気で働けなかろうが──あなたの尊厳は、揺るがない。
それが、憲法が約束した「個人の尊重」だ。
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でも、「頑張った人が報われる社会」は何を言っているか。
「市場で価値を生まない人間に、尊厳はない」と。
これは、憲法の約束を裏切る思想だ。
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憲法第25条は、さらにこう定めている。
「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」
最低限度の生活──それは単なる生存ではない。「文化的」な生活だ。
人間らしく、尊厳を持って生きる権利。それが、すべての国民に保障されている。
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でも、介護職の年収300万円で、都内で文化的な生活が営めるだろうか。
子どもの教育費、親の医療費、自分の老後の備え──それらをすべて賄えるだろうか。
答えは、否だ。
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国家が努力を価値基準にする時、国民は「人格」ではなく「生産物」として扱われる。
そんな社会で、誰が幸せになれるのか?
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## 第4章:資本主義の設計変更とガバナンスの奪取
### アダム・スミスの「道徳の礎石」
資本主義は、もともとこんな姿ではなかった。
アダム・スミスが1776年に描いた資本主義は、「道徳」を礎石とする共同体の家だった。
『道徳感情論』で彼が語ったのは、「共感」である。人間は他者の痛みを感じ、助け合う存在だ。その共感に基づいて、経済も社会も営まれるべきだと。
労働は富の真の源泉であり、「見えざる手」は自然な調和をもたらす。目的は、社会全体の繁栄と、道徳的な個人の育成だった。
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### 第一期改修:「科学」という名の鉄骨化
19世紀後半、資本主義は「科学」へと変質した。
限界革命(ジェヴォンズ、メンガー、ワルラス)により、経済学は価値判断を排した「科学」を目指すようになる。
人間は「合理的な経済人」と再定義され、効用と均衡が共感に取って代わった。
道徳の石基礎は撤去され、数学的鉄骨が挿入された。
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### 第二期改修:「自由」という名のエンジン化
1970年代以降、新自由主義(フリードマン、ハイエク)が設計を主導する。
規制緩和、小さな政府、民営化が推進された。労働者は富の源泉から「人的コスト」へと変わり、雇用は長期の信頼から短期の契約へと変質した。
労働の大黒柱は、資本の巨大エンジンに交換された。
その真の意図は、資本の自己増殖スピードの極大化だった。
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### 第三期改修:「グローバル化」という名の空中庭園化
1990年代以降、グローバル標準(IMF、WTO)の名のもと、各国の規制が均される。
企業は国家ショッピングを開始した。税率の低い国、規制の緩い国、労働コストの安い国を選び、自由に移動する。
グローバル資本エリートが新階級として誕生し、国民国家の屋根は取り払われた。
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### 最終設計:「ガバナンスの奪取」
そして現在─
民主主義という設計主が退場させられ、資本主義が新たな設計主に据えられた。
デモス(人民)からカピタル(資本)への主権移譲が完了した。
一票より一ドルが強力になり、国家は市民の代表から資本の利益代行機関へと変わった。
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### 欲望の制度化
かつて政治の目的は「市民の生活を守ること」だった。いまやそれは「企業の成長を支援する国家」へと変質した。
効率と収益率を中心命題とするガバナンスでは、倫理・民主・人間性が制度の外部に追放される。
企業の社会的責任が「利益最大化」にすり替わるとき、「改革」は本来の公共性を失い、欲望のための制度改造へと転落する。
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改革とは、もはや「より良い社会」を作る行為ではなく、欲望を制度の形で再構築する権力技術になったのである。
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### グローバル資本階級の連携
この変化は、日本だけの現象ではない。
世界経済フォーラム(ダボス会議)では、グローバルエリートが年次会合を開き、「グレート・リセット」構想を提唱する。
ブラックロック、ヴァンガードといった巨大資産運用会社は、全世界の主要企業の筆頭株主として君臨し、企業統治の国際的標準化を進める。
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世界の超富裕層(上位0.1%)の資産シェアは、過去20年で約8%から約11%へと増加した。
一方、下位50%の資産シェアは世界の富の1%に過ぎない。
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国際的に共通する政策パターンがある。
- 法人税減税の競争(OECD平均:2000年32%→2023年23%)
- 富裕層への減税
- 消費税・付加価値税の増税(逆進的課税の強化)
- 労働市場の柔軟化(非正規雇用の拡大)
- 社会保障の削減
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「努力の国」の現象は、グローバル資本階級による世界的な階層再編の一環なのだ。
資本は国境を越えて自由に移動し、人々は国家に囲い込まれて競争させられる。
これは、21世紀版の「全球的封建制」と言える。
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## 終章:誰も切り捨てない報われ方へ
### 三つの解放
あなたがこのエッセイを読み終えた今、三つのことを伝えたい。
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1. 自責からの解放
報われないのは、あなたの努力の量や質の問題ではない。
政策と制度による構造的な問題である。
あなたは、十分に頑張っている。
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2. 孤立からの解放
あなたが感じる息苦しさは、社会を支える不可欠な労働者たちに共通する「構造的隷属」の痛みである。
あなたは、一人ではない。
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3. 無力感からの解放
仕組みを知ることで、あなたは被害者ではなく、このルールを変えるべき主権者としての立場を取り戻す。
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### 私たちは何ができるのか
まず、この違和感を言葉にしてみてほしい。
- 家族と、この話題について語る
- SNSで、あなたの感じた息苦しさを投稿する
- 職場で、「おかしい」と声を上げてみる
一人の声は小さい。でも、その声が10人、100人、1000人と集まれば──それは、社会を動かす力になる。
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次に、選挙に行ってほしい。
「頑張った人が報われる社会」を掲げる政治家に、あなたは本当に一票を投じたいのか。
憲法が約束した「すべて国民の福利」を実現しようとする政治家は誰なのか。
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そして、可能なら──地域の相互扶助に参加してみてほしい。
フードバンク、子ども食堂、地域通貨、協同組合。「市場の論理」ではなく「共感の論理」で動く小さな実践が、日本中で始まっている。
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変化は一夜にして来ない。
でも、あなたが違和感を言葉にした瞬間から、世界は少しずつ変わり始める。
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### 報われる、ということ
「報われる」とは、何だろうか。
それは、お金だけの問題ではない。
自分の存在が、社会に受け入れられていると感じること。
尊厳を持って、人間らしく生きられること。
誰かの役に立ち、感謝されること。
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頑張る人が報われる社会ではなく、誰もが報われる努力を許す社会へ。
それは、夢物語ではない。
憲法が約束し、私たち主権者が選び取ることのできる、現実の選択肢だ。
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### 最後に
このエッセイが、あなたの内に眠る公共への感覚に灯をともしたなら、まずは、隣の人とこの話をしてみてほしい。
怒りや諦めではなく、「理解」と「共有」から始まる対話が、欲望のゲームを「共感の公共」へと書き換える第一歩になるだろう。
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あなたの違和感は、正しい。
あなたは、もっと尊重されていい。
この息苦しさは、あなたのせいじゃない。
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努力の国は、まだ目を覚ましていない。
でも、あなたが声を上げた瞬間から──目覚めが始まる。
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## 参考資料・行動ガイド
### 📚 おすすめの本
- 『国家はなぜ衰退するのか』ダロン・アセモグル、ジェイムズ・A・ロビンソン
- 『21世紀の資本』トマ・ピケティ
- 『実力も運のうち 能力主義は正義か?』マイケル・サンデル
- 『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』デヴィッド・グレーバー
### 💡 行動のヒント
まずは知ること
- 政治ニュースを、複数の情報源から確認する
- データを調べる習慣をつける(貧困率、賃金推移など)
対話すること
- 家族や友達と、社会の問題について話してみる
- SNSで、自分の考えを発信する(匿名でもOK)
具体的に行動すること
- 選挙に行く(18歳以上)
- 地域の集会や勉強会に参加する
- 署名活動や市民運動に関わる
自分を守ること
- 誹謗中傷を受けたら、記録を残し、必要なら通報する
- 無理をせず、心の健康を最優先する
- 一時的な沈黙も、自己防衛として必要
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読んでくれてありがとう。
この物語は答えを押しつけるためのものではなく、問いを共有するためのものだ。
日常で感じる生きづらさは個人の失敗ではなく、評価の仕組みや政策の選択が生む結果かもしれない。
もし違和感を抱いたなら、それはあなた一人のものではない。
誰の「頑張り」が見過ごされているのかを考え、話し合い、必要なら声を上げることが次の一歩になる。
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あなたは、この国の主人公です。
あなたの声が、この国の未来を決めます。
一人じゃありません。
一緒に。
ここで示したのは個人の責任を問うための議論ではなく、制度設計の問題であるという見立てだ。
違和感を持ったあなたは一人ではない。
知り、語り、行動することで「誰もが報われる努力」を現実に近づけられる。
まずは隣の人と話してほしい。
小さな連鎖がやがて制度を動かす力になる。
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次回予告
【続小説版001】頑張った人が報われる社会の本当の目的
天野先生が提案する思考実験。
「もし全員が彼らの言う頑張った人だったら?」という問いを出発点に、葵たちは価値の優先順位が変わった社会を想像する。
技術や高収益職だけが価値化された世界で、食料、介護、物流、育児といった基盤は誰が担うのか。
仮説は次第に「意図的な排除」の設計図を指し示す。
生徒たちの問いは、単なる理論を越え、憲法と公共性をめぐる実存的な選択へと昇華していく。
次回、教室は思考の実験場になる。
あなたは、その結末にどんな責任を見出すだろうか
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