JS-TC線ホームの再会

蓮田蓮

JS-TC線ホームの再会

【汐海車掌とセピア色の記憶】

 東京湾をなぞるように走るJS-TC線。そのラインナップの中でも、都心とC県方面を結ぶ重要な駅の一つ、新上川駅のホームに、午後5時の光が差し込んでいた。ここで午後の勤務を終える車掌、汐海遼一は、清々しい疲労感を覚えながら、車内最終点検のため、到着した電車の乗降扉から客車へと滑り込んだ。

「お客様、終点ですよ。お目覚めください」

 シートにもたれかかり、深い眠りについている男性客を、汐海は優しく、しかし確かな声で起こす。彼のアナウンスはいつも、その美しく聞き取りやすい声質と、行き届いた気遣いが乗客の間でも評判だった。

 男性客が慌てて席を立つと、その座席の角に、手のひらサイズの小さなアルバムがちょこんと残されているのが目に入った。

「これは…」

 汐海はそっとそれを拾い上げ、中を確認した。表紙は使い込まれた革製で、年季が入っている。開いてみると、中にはたった2枚の古い写真が収まっていた。1枚目の写真は、セピア色に染まった重厚な紙焼き。軍服に身を包んだ精悍な表情の青年と、鮮やかな着物に身を包んだ女性が並んで立っている。背景には、『金丸時計店』と古めかしい文字で屋号が記された看板が見えた。

 もう1枚は、同じくセピア色の、丸刈りの少年の写真。学生服の金ボタンが光って見え、少年は学生鞄を手に、いかにも駅前らしい場所で立っている。

「これは、どなたかの大切な思い出だ」

 そう直感した汐海は、すぐにアルバムを新上川駅の駅事務室に持ち込み、忘れ物として丁重に登録してもらった。


「あ、この人だ」

 翌日、また同じ新上川駅でJS-TC線に乗務する汐海は、駅員への簡単な申し送りを終えたところで、一人の老婦人に声をかけられた。

「あの、車掌さん。昨日、この電車に乗って来たのだけど、アルバムを落としちゃって……見かけませんでしたか?」

 婦人は、汐海の顔をじっと見つめ、確信に満ちた笑顔を浮かべた。

「あなただった事はすぐに分かりました。昨日のアナウンスがとても綺麗だったので。『あ、この人だ。こんな立派な仕事をする方なら、アルバムを見つけてくれていないかな』って思ったんです」

 汐海は、昨日のセピア色のアルバムのことをすぐに思い出した。

「もしかして、軍服の男性と着物の女性の写真が入った、小さなアルバムでしょうか?」

「ええ!それよ!」

 婦人の顔がぱっと輝く。汐海は婦人を忘れ物預かりの場所へ案内した。

「古い写真ですよね。歴史を感じました」と、アルバムを手渡す前に汐海が尋ねる。婦人は、アルバムをそっと抱きしめながら、優しい目で写真を見つめた。

「ええ。大戦が始まる前に撮ったもの。私の兄と弟。兄が出征する数日前に、わざわざ写真屋さんを呼んで撮ってもらったのよ」

「それは、本当に大事な宝物ですね」

「そうなの。兄がどうしても見たいって言うから、3冊アルバムを持って来て、一つ、切符を探している時に落としたんだわ」

「ところで、その『金丸時計店』というのは、都内のお店ですか?」

 汐海の問いに、婦人はにっこりと微笑んだ。

「ここよ。この駅のそば。もう店は変わってしまったけどね」

 アルバムを渡せて良かった。汐海は心からそう思った。無事にアルバムを手に、老婦人は何度も頭を下げた。

「兄も喜ぶわ。100歳で、今も元気なんですよ」

 去っていく老婦人を見送り、汐海は一息つく。ランチを買おうと、近くのコンビニへ向かい、レジを済ませて外に出た。


【変わらないものと変わりゆくもの】

 汐海が周囲を見回すと、そこはガラスと鉄筋の大都会。巨大なオフィスビルが空を突き刺し、無数の人々が忙しなく行き交っている。

 その時、ふと、彼の視界の周囲がセピア色に変わるような感覚に襲われた。

現代的な『眼鏡の金丸』という看板の上に、まるで半透明の影のように、古めかしい『金丸時計店』の文字が重なって浮かび上がる。そして、若い軍服姿の男が、着物を着た家族と、照れたように写真撮影に応じている光景が、一瞬、汐海の脳裏に焼き付いた。

 時代は変わっても、家族を思う気持ち、思い出を大切にする心、そして故郷の風景。変わらないものがある。

 JS-TC線の線路は、過去の記憶を抱えながら、今日も東京湾岸を走り続ける。電車は、人を乗せ、時代を運ぶ。変わらないものと変わりゆくものとの間で、今日も車掌、汐海遼一は、その澄んだアナウンスとともに、正確に電車を走らせて行くのだった。


おわり


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