第4話 本当にやる必要ありました!?

 開演のブザーが鳴る。


 本当は舞衣さんの勇姿を観客席で見るつもりだったが、まさかこんなことになるとは。

 僕は、体育館のステージ裏で微かにため息を溢した。


 「昔々あるところに……」


 ステージでは、物語が進行していく。


 『眠れる森の美女』……それはヨーロッパの童話の一つ。

 その昔、子どもに恵まれなかった王と王妃がいた。が、王妃の前に「女の子が生まれる」と予言があり、その通りに、女の子が生まれた。喜んだ二人は十三人の魔女をパーティに誘おうとするが、食器が足りず、十二人だけを招待することにする。十一人目の魔女が祝福を与えた時、招待されなかった十三人目の魔女が、突如現れ、報復に「十五歳になる時、娘は紡ぎ車の鉛に刺されて死ぬ」という呪いをかけた。これを十二人目の魔女が「死ぬのではなく、百年間眠る」と書き換え、しばらくが経った。


 「お、お婆さん! それ、楽しそうね! わ、私にもやらせてくれないかしら!」


恥じらいを押し殺し、声を上げ、僕はセリフを言う。……そう、姫は十五歳になる時、老婆の仕立てを見て紡ぎ車に興味を示す。そして、あの十三人目の魔女の予言通り、百年間もの眠りについてしまうのだ。


「……あっ」


紡ぎ車の鉛に触れ、そのまま倒れる。僕は目を瞑り、台本通り、横になって目を瞑った。


「こうして、オーロラ姫は、長い、長い眠りにつき、いつしか、オーロラ姫の周りは、茨で、覆われてしまいました」


ナレーションと共に、裏方のみんなが僕の周りに茨の小道具を置いていく。さて、ようやく、ラストスパートに突入した。


「おじいさん、あの城には何があるんだ?」


舞衣さんが、慣れたようにセリフを言う。


「あの城には、美しいお姫様が眠っていると、幼い頃に聞いたことがあります」


……みんな流石だ。まるで本当に会話しているようだ。


「……なるほど。ぜひとも、会ってみたいものだな」


舞衣さんはセリフを言い、舞台の上を、幾度となく歩き回る。そうして、僕のところまで来ると、


「なんて素敵な姫なんだ……!」


セリフと共に、僕をそっと抱き寄せる。


「あぁ、可哀想に……」


(カツラの)髪をさらりとどかし、僕に……


「……っ!? んむぅうううぅぅぅぅ!?」


“フリ”ではなく、普通に、キスをしてきた。


「ん、んん、んんんんんーっ!!」


しかも長い! 離してくれない!!


「……姫。お目覚めですか?」


観客から黄色い歓声が上がる。不覚だが……か、かっこいい……。


「あ、あぁ……あぅ……っ……」


言葉が出ない。セリフ、なんだっけ……。僕があわあわしていると


「んむっ!? んんんんんーっ!!」


舞衣さんは、もう一度、僕にキスをした。


「どうか、僕と結婚してください、姫」


……ぷしゅーっと、頭から湯気が出そうだ。


「よ、喜んで……」


恥ずかしすぎる。顔を覆いながら、僕はそんなことを口にしていた。……あれ、これ、役か。なんて気づいたのは、言った後のことで。


「こうして、姫は王子様のキスで目を覚まし、王子様と、幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」


ナレーターの声で、正気に戻る。僕は、自分の顔を手で覆ったまま、しばらくフリーズするのであった……。

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