第5話 でも、楽しかったです。とても。

 「本当にキスする必要ありました!?」


公演が終わると、僕は声を荒げた。舞衣さんは王子衣装のまま、優雅に水を飲んでいる。


「可愛かったよ、優司くん」

「かわっ……!?」


王子様スマイルで言われれば、思わず、返す言葉を失ってしまう。


「悠麒さん、バッチリ撮っていた?」


舞衣さんはしたり顔で悠麒さんに言う。と、


「……撮ったよ」


悠麒さんは悔しそうな、でも嬉しそうな、複雑そうな顔で撮った写真を見せてくる。そこには僕と舞衣さんのキスシーンが、上手に撮られていて……


「け、消してください!!」


手を伸ばし、カメラを奪い取ろうとするが、空を飛ばれ、届かなくなる。


「頭首命令です! 消しなさい!!」

「頭首の奥方にダメって言われているから駄目でーす」

「まだ妻じゃないだろって言っていたじゃないですか!!」

「え、そうだっけ?」


クソッ、こう言う時だけとぼける……!


「まぁまぁ、いいじゃない。これも青春よ?」


舞衣さんに宥めかけられる。が、


「……いや、あなたも共犯者でしょうが!!」


危ない。丸め込まれるところだった。


 僕の叫び声は、学校中に響いていた。


 ***


 「なんだかどっと疲れた……」


クラスTシャツに着替え、僕はため息を溢す。


「お疲れ様。いい演技だったわよ」

「……後半、ほぼ素でしたけどね」

「んふふ、可愛かったわよ」


舞衣さんもまたクラスTシャツに着替え、僕の隣を歩いていた。


「さっ、閉まっちゃう前に屋台いこっ!」


彼女に腕を引かれ、僕らは走り出す。


 各クラスの出し物を見たり食べたりしながら僕らは歩いた。

 それは、確かに望んだ“普通”の高校生活で。


 わたあめを食べながら、舞衣さんは僕の手に指を絡める。そうして、


「生きていて、よかったでしょう?」


チラリとこちらを見て、ふわりと笑った。


「……えぇ。ありがとうございます」


死んでも良いと思っていた。むしろ死んだ方が良いと思っていた。それでも、周りに支えられながら、こうして彼女と生きてきて、本当に、本当によかったと、改めて思う。


「生きていて、よかったです」


彼女の指に、僕の指も絡め、ゆっくりと優しくその手を握る。そうして、僕もまた、ふわりと笑ってみせた。繋いだ手は柔らかくて、また、あたたかかった。


 文化祭終了の合図に、花火が鳴る。


 僕らは互いに見つめ合い、微かに笑い合うと、手を繋いだまま、片付けのために校舎内へと入っていった。


 各クラスへ向かうべく、僕らは別れる。


 しかし、別れた後も、彼女の手の温もりは、まだしばらく残っていたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る