第4話 ふるさと。
僕は、東京の精神病院を出た後、いったん故郷へ帰ることにした。お父さんの運転する車に乗り、僕は、東京を後にする。4年前、『自殺学入門』と言う本を小脇に抱え、かなり腹を立てて故郷を捨てた僕は、引き戻されることとなった。僕は、生還する。もう、前を向いて生きるしかなかった。
ふるさとの実家の二階の部屋で、療養生活が始まる。時間の浪費が楽しかった。お父さんは、毎日会社へ出勤します。弟は、大学受験が控えていました。お母さんが僕についていてくれました。お母さんは、学校に休職届けを出し、僕の看病に当たってくれました。僕は、家族には、何にもしてやれませんでした。実家の二階の部屋で、首を垂れる。中島みゆきの音楽が僕の救いでした。それと、バルセロナ五輪中継をテレビで見る。日本人の活躍が心の支えになった。柔道の吉田秀彦さん、古賀嘉彦さんの金メダル。それとサッカーの侍ジャパンの活躍。Jリーグ発足。スマップのテレビドラマが僕を支えてくれた。とにかく疲れやつれていた、僕を日本人が総出で励ましてくれるような感じがした。それと、友達の存在があった。もう、サラリーマンになった友達が、日曜日になると、僕をマージャンに誘ってくれます。僕は震える手でマージャンパイを積む。弱々しく遅く、マージャンパイを積む僕を、友達は、待っていてくれました。しかし、負けが続いて、お金は大そう取られましす。友達はいいです。勝てるのですから。僕に勝って、お金を巻き上げるのが楽しいのです。僕は、勝てないマージャンに誘われるのは、どうも心外です。心裏腹でした。勝てないのが分かっているのに誘われる。ここで誘われることがだんだん嫌になってきます。お人よしは損だとわかります。大金をマージャンで、失います。楽しいはずがありません。
僕は、精神科医に巡り合った。赤城病院の大須賀ドクターのもとに毎月通う必要がありました。ここでも薬が処方されます。毎日薬を飲む。これは、一生のことであると後でわかりました。ちっとも、面白くはありません。薬漬けになって楽しいやつがいるでしょうか。何ていう人生だろう。付いていないな。精神科医との付き合いは、
今でも続いています。嫌になる。統合失調症。詳しく言うと非定形精神病。形のない実体のない異邦人、もしくは、居場所がない男の精神疾患。自分があってないもの。それが僕の病気の特徴でした。
やがて、家に居ても仕方がないので、アルバイトをすることにしました。本当に、働く意味が知りたかったのでした。お母さんのコネで、生協にアルバイトで、勤めることになった。しかし、お母さんはでしゃばる。何から何までお母さんです。アルバイトのおばさん達が、僕のことを冬彦さんとあだ名をつけます。マザコンの冬彦さんです。情けなくてどうしょうもない。それでも負けずにアルバイトに精を出します。生協のトラックの運転するパパや男たちがかっこよかった。一仕事を終えて円陣を作り煙草をうまそうに吸う姿はかっこいい。僕は遠巻きに見てそう思った。しかし仲間に入ることはできませんでした。僕は、カートを押して、パンの仕分けや牛乳パックを配る役目にいそしみます。軽作業しかできませんでした。1年半続いた。
桜咲く、春になると、僕は、大学へ復学することを決意します。本当は、卒業後、アメリカ合衆国やイギリスのロンドンへ渡りたく思っているのでした。
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