episode5 ─美月 side─



年末、私は実家である本家に早めに戻ってきていた。



昔から代々継がれる二階堂組の本家は敷地面積は広すぎてどのくらいって言われても分からない。



昔ながらの木造の本家はいつでも掃除がされていて綺麗。



私が予定より早く帰ってきたことに組員は驚き、頭を下げてくる。



「組長は部屋にいるみたいですけど先に行きますか?」


「そうだね、行こうか」



蒼が私の後を着いて歩いてくる。


ここではどれだけ年上でも私の側近をしている蒼も私と同じくらい大切に扱われる。



そこらじゅうから「蒼さん、おはようございます!」と聞こえてくる。


組員の中ではまだまだ若い方なのに蒼も仕事が出来る男だから、慕われている。



本家の一番奥、組長のいる部屋の前まで来ると、蒼が片膝をつき、


「蒼です。組長、美月さんがいらっしゃいました」


と言う。



中からは「おー、入れ」と父の声がした。



蒼が襖を開けると、そこにはソファに座っている組長と若頭がいた。


向かい合って座っていたから私は月冴の横に座り、蒼は襖を閉めて外で待とうとしていた。



「蒼も来て」


その言葉で蒼は私の後ろに立つ。



この話は蒼も聞いていてもらわないと困る。


これからの事があるから。



「美月、久しぶりだな」



最初に口を開いたのは組長で、優しく微笑むその顔は組長ってよりも父親の顔だった。



「早めに来たのは話があるから」


「そうか、何かあったか?」


ROSEローズ、私に頂戴」


「どうゆう事だ?ずっとNO.1なんだから美月の店も同然だろう」


「現役を辞めてオーナーになりたいんだけど」



ゆくゆくはあの歓楽街を統括したい。


昼ではなく、夜に輝くあの街を。


でも今はあの店だけでいい。




父は「うーん」と考えていると


先に口を開いたのは月冴。




「お前その話はこの間…」


「月冴に聞いてない」



月冴は私に譲る気なんてない。


それは決して私に任せられないとか、意地悪してるとか、そういう事じゃないのも分かってる。


私に苦労をかけさせないという兄の優しさ。



「私は二階堂組に入る」



でも、私だって心に決めたの。



「どういうことか分かっているのか」


「分かってるから今日来たの」



月冴は口を出してこない。


これは私が父にではなく、組長にお願いしてると理解したから。



「いいだろう、だが条件がある」



その条件とは、



「美月は私の補佐として使わせてもらう。普段は自分の店をしっかり回して守れ」


「分かった」



私にとって当たり前の事だった。


でも、こうもあっさり話が進むと思ってなかった。



だって、母は……



「母さんのことを気にしてるのか?」


「まぁ…」


「美月には今までずっと我慢させてきた。もうお前も子供じゃない。自分のやりたいことをやりなさい」



父の寛大さには頭が上がらない。



「普通の家庭に生まれてたらこんな苦労はしなくて良かったのになぁ」


「そんなこと思ったことないし、この家で良かったって思ってるけど」


私の言葉に父は「そうか」と少し笑みをこぼした。



月冴は隣でゲンナリした顔で「親父に言うのは反則だろ…」と項垂れている。



でももう決まった事を覆すことはできないと悟ったのか、


「たまには顔を出す。何があってもお前のバックには俺がいる事を忘れるな」


と、遠回しに一緒に守ると言うところがやっぱり兄だ。





「美月はいつまでこっちにいるつもりだ?」


「とりあえずお正月明けるまではいるけど」


「そうか」



娘が同じ家にいるのがそんなに嬉しいことなのだろうか。


いつも優しい父だけど、今日は嬉しそう。



「疲れたから今日は休むね」


「ゆっくりしてきなさい」



私が立ち上がり、部屋を出ようとすれば蒼がまた襖を開けてくれる。


挨拶もなしに出入りができるのは家族の特権。


普通なら入る時も出る時も許可を得ないといけない。


ヤクザと言えど、礼儀には厳しい。




父の部屋を出て縁側を歩いていると「美月さん」と蒼に声をかけられた。


「何?」


「組に入ること…なんで教えてくれなかったんですか」


「言ったら蒼はすぐ月冴に言うでしょ」


「…」


「反対される事分かってるのに言わないよ」


「そうでしたか…」



決して蒼を信用してない訳じゃない。


ただ、月冴の耳に入ると許してはくれないだろうし話が拗れてくるのが面倒だっただけ。



「ごめんね蒼。これから忙しくなるかもしれない」


「謝らないで下さい。側近としては頼られ事が何より嬉しいです」



振り返って少し微笑めば蒼は


「正直、少し手持ち無沙汰でした」


なんて言ってくる。



蒼は組長の側近の息子。


礼儀正しさも、時間があれば稽古に励む真面目さも、私を第一に考えてくれるところも親から教わってきたんだろう。



私には勿体ないくらいの存在。



「私なんかの側近でいいの?」と、


聞いたことがある。


それは私が社会に出るときに聞いたことで、蒼は迷うことなく


「組長が1番大事にされている方の側近ができるなんて、こんな名誉なことはありません」


と言った。



蒼の家庭は代々、組長の側近や補佐になっているからかもしれないけど。



そんな蒼の事は家族と同じくらい大事。



「今日はもう休むから蒼も休んでいいよ」


「かしこまりました」



母屋から繋がっている長い縁側の先にある離れに着いたら、蒼は私に挨拶をして来た道を戻って行った。




久しぶりに来た離れは何も変わっておらず、掃除だけはされていて綺麗だった。



母の仏壇に線香をあげて、


「お母さんの望む娘になれなくてごめん」


そう呟いてその日は休むことにした。









仕事疲れもあってか、明日何が起こるか知らない私はぐっすり寝た。


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