episode6 ─維月 side─
年末、仕事で同業者に挨拶をしに行かないといけない俺は向かう車の中でむしゃくしゃしていた。
「なんかあったか」
「なんでもねぇ」
助手席に座る
少しの変化にも気付き、仕事も難なくこなす男。
幼なじみでもある。
「だったらその殺気立ったオーラしまえよ」
そんなこと言われてもこのイラつきは収まらない。
俺がむしゃくしゃしている理由は1つ。
25日を過ぎてから美月は1度も店にいなかったからだ。
近々キャバ嬢を辞めると言っていた事を思い出し、店に行く度に美月が来ているか黒服に確認した。
帰ってくる言葉は毎回同じで、
「本日はお休みを頂いております」
だけだった。
まだ辞めてはいないようだ。
しかし、次はいつ出勤するのか聞いても
「まだ決まっておりません」
としか言われない。
次いつ会えるか分からない俺は戸惑っていたのかもしれない。
もしかしたら、もう会えないとまで考えていたからだ。
そんな事を考えていたら「着きました」と運転手が車を停めて凪が外に出ると、後部座席のドアを開けた。
開けられたドアから外に出て外を見ると、広い屋敷が広がっている。
ここに来るのはもう慣れた。
この日本に名を轟かす極道のひとつ、
“二階堂組”の本家。
広い玄関に黒いスーツを着た厳つい男たち。
その中でも見慣れた男がひとりいた。
「お待ちしておりました、九条様。組長の所まで案内します」
そう言ってきたこの男──…
いつも美月に付いていた黒服だ。
そいつの後ろについて行きながら少し考えてみれば、あの店のオーナーはここの若頭。
美月は店のNO.1。
ここの組員が店にいてもおかしい事は無い。
美月が大事な稼ぎ頭なら当たり前…か。
屋敷の縁側を歩いて奥の方まで来ると、組長の部屋に近づいてきた。
早く終わらせてあの黒服に美月が次いつ出勤するか聞くとしよう。
こいつなら知ってるはずだ。
美月専門の黒服だから。
「組長、九条組の若頭が来られました」
二階堂組の組長の部屋の前で片膝をつき、中から
「入れ」
という声が聞こえると、黒服は襖を開けた。
開けられたその部屋には、組長と若頭、
それともう1人──…
「美月…?」
俺が会いたかった女がここの若頭の隣に座っていて、仲睦まじく会話をしていた。
俺の声に反応した美月はこちらを向き、一瞬だけ眉間に皺が寄った。
なんで…
どうして…
そんな言葉が頭の中を駆け巡った。
戸惑ったのはこの二階堂組の屋敷にいることももちろんそうだ。
でも、
なぜ、
なぜ若頭の隣にいる?
その若頭となぜ仲がいい?
どうして組長の部屋にいる?
どうして──…
二階堂組にお前がいるんだ?
聞きたいことが山ほどある。
「久しぶりだな、唯月。こっち座りなさい」
「はい」
組長の声で我に返った。
ここの組長の事は尊敬している。
二階堂組をここまで大きくしたのは先代だそうだが、大きくなったばかりのこの組を統括しているのはこの人。
この組の誰もが信頼を置いているというこの二階堂
その組長に「こっちに座れ」と言われ、座ったのは二階堂組の若頭と美月の座っているソファの向かいだった。
「美月、外せ」
「離れに行く」
「あぁ。終わったらそっち行く」
2人の短い会話が終わり、美月は俺の事なんて視界にも入れず出ていった。
その時に目に入ったのは…
二階堂組の組長の家族しか着れないと言われている羽織り。
浴衣の上から羽織るそれには、二階堂組の家紋が描かれていた。
若頭の嫁…か?
もしそうとなると、疑問は色々と晴れる。
苗字を名乗らなかった事や、
若頭がオーナーを務める店で働いている事、
男が居ないというのは若頭の女と言えないからか。
言えば狙われる対象になるからなのか。
“離れ”に行けるのは若頭と結婚してるからなのか?
そこには組長の家族しか入ることは許されない。
ここの組長に娘がいるなんて聞いたことがない。
二階堂組の若頭の嫁だったとして、俺は諦めることができるのか…?
年末の挨拶だけしに来た俺は、
組長の話が終わると自分の気持ちを落ち着かせようと、出されたお茶を飲んだ。
「ところで唯月、美月とは知り合いなのか?」
「店に行ったことがありまして」
「そうだったか」
少し微笑み、組長が楽に座っているのを見て仕事の話が終わったのを確認した。
若頭もそれを察して「美月の所に行ってくる」と組長に言って席を立った。
このチャンスを俺は見逃さない。
「月冴」
俺が呼べば、若頭は振り向き、睨むように俺の方を見てくる。
威嚇、と言っていいだろう。
若頭と言っても、俺たちは同級生だった。
腐れ縁と言ってもいいだろう。
「美月に会わせてくれ」
「駄目だ」
「5分でいい」
「理由は」
「惚れてるからだ」
その言葉に月冴の顔が険しくなる。
少しでも可能性があるなら、俺は諦めない。
もし月冴の嫁でなければ、まだチャンスはある。
「蒼はいるか」
「はい」
「美月連れて来い」
「かしこまりました」
美月に付く黒服は蒼という名前らしい。
美月の護衛のために付けてた、という事か。
きっと組長も月冴も知っていただろう。
俺が美月の店に何度も来ていたことを……。
蒼が二階堂組という事は、俺を知らないはずがない。
報告を上げているはずだ。
九条組の若頭が店に来て、美月を指名している、と。
暫くして、美月は組長の部屋に戻ってきた。
そして「何」と言いながら月冴の隣に腰を下ろした。
店では俺の横に座るのが当たり前だったのに、他の男の横に迷いなく座られると腹が立つ。
「こいつが美月に話があるってよ」
月冴がそう言えば、美月はゆっくりと視線を俺に向けてくる。
「何でしょう」
ニコリとも笑わない。
この状況に何も戸惑っていない姿を見ると、それ程までに肝が座っているのか、と感心してしまう。
「なんでお前がここにいる」
「分からないですか?この羽織を着ていても」
「分からねぇな」
お前は男はいないと言った。
その言葉は偽りだったのか?
「嘘だったのか」
その言葉は美月にとって禁句だったようで、見たことも無い鋭く冷たい目つきに変わった。
それは“極道の女”そのものだ。
「私が“いつ”嘘をついた?」
「そいつは違うのか」
そいつ、とは月冴の事。
「うちの若頭をそいつ呼ばわり?」
「どっちだ」
欲しい答えが返ってこない。
美月から目を離さず見ていれば、
「私は嘘をついた覚えは無い」
と言う。
月冴は美月の男では無い。
それだけ知れるだけでむしゃくしゃしていたものが晴れた。
まだ聞きたいことはある。
「維月、少し散歩に付き合ってくれるか」
でもそれを遮ったのは組長だった。
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