episode4 ─美月 side─
あれから1週間経ち、維月さんは何も変わらなかった。
いつも通りお店に来て、少し飲んではすぐに帰る。
今日も同じ。
私が席にいられる時間が少ない分、唯月さんも他の女の子と話すことはせず、私が次の席に行く時にそのまま帰る。
「そろそろか」
「そうですね」
維月さんが帰ると悟った私はボーイにお会計のハンドサインを出した。
そのすぐ後、店の中がザワついた。
何かと思って店内を見渡せば、兄である
月冴はこの店のオーナーであり、ヤクザと知られていてもこの店に来るお客様からは慕われている。
どのテーブルからも月冴を呼ぶ声が上がり、笑顔を向けている。
そう、ここのお客様は大抵経営者が多い分、バックには二階堂組が着いていることも少なくない。
顔見知りが多いんだと思う。
「あの男はなんだ」
「この店のオーナーですけど」
兄であることは言えない。
幸い、私と月冴は目の色以外似てないから兄妹であることがバレたことは無い。
月冴は色んな席に挨拶をした後、私の視界に入り“裏で待つ”と視線で言ってくる。
「では私はこれで」
「あぁ」
席を立ち、すぐにバックヤードに向かった。
今日月冴が来たのは私が呼んだから。
若頭である月冴は忙しい人間だから、あまり待たせる訳にも行かない。
月冴の後を追ってバックヤードに入っていくところを維月さんが睨みつけるようにみていたことは私は知らない──…
「よぉ美月。久しぶりだな」
限られた人しか入れないバックヤードの一部屋の扉を開けるとソファに深く座ってる月冴がいた。
「今日は仕事終わったの?」
「あー、任せてきた」
仕事が出来る月冴だけど、めんどくさいものは部下に任せているらしい。
「私、現役を辞めようと思ってる」
「は?マジ?」
「早くて今年いっぱい」
「ちょ、ちょっと待てよ、急すぎねぇ?」
いきなり本題に入った私にびっくりするのも無理ない。
この店の売上はほとんど私があげているものだから。
「それでお願いがある」
顔を上げた月冴は何も言わず、私の次の言葉を待つ。
「この店、そろそろ私に頂戴?」
それは私がこの店のオーナーをやりたいってことで、それを瞬時に理解した月冴は
「駄目だ」
と言う。
少しは悩んでくれてもいいのに、返事が早すぎて私は呆れてしまった。
だから言い方を変えてみることにした。
「じゃあいくらで売ってくれる?」
そう言うと、月冴の顔は険しくなる。
「ここのオーナーになるのがどういう意味がわかってるのか」
「分かってるから態々月冴を呼んだんだけど?」
月冴が心配してくれてる事も分かってる。
私がオーナーになれば、少なくとも私が二階堂組と関わりがある事は世間に知られてしまう。
それでもいいから相談をしているわけだけど、やっぱり月冴はお母さんの意思もあるからか、私を二階堂組と引き離そうとしてくる。
「私はもう子供じゃない」
「そんなの分かってる」
「自分の生き方くらい自分で決める」
「それでも駄目だ」
もうダメだ。
今、月冴に何を言ってもYESとは言ってくれない。
「話はそれだけか」
「そうだけど」
「なら俺からも聞きたいことがある」
月冴はさっきと変わって真剣な表情だった。
いや、さっきも真剣ではあったけど今の表情はどちらかと言うと若頭である時の表情。
「さっきの客は誰だ」
「さっき?」
「ここに来る直前に接客してた奴」
維月さんの事かな。
「誰って言われてもお客様としか言いようがないんだけど」
「名前は」
「維月さん」
「苗字は」
「知らない」
今までこんなこと聞かれたことは無かった。
もしかして、
「知ってる人?」
お金持ちって感じだし、もしかしたらその会社もバックに二階堂組が付いてるのでは?と思った。
「いや」
でも違ったみたい。
バックに付いてるなら月冴が知らない訳が無い。
「最近なんか変わったことはあるか」
変わったこと…
別に困ったこともないし
「無いけど」
そう答えた。
別に維月さんが私に好意を持っているなんて言う必要は無いし、家に上げたあとはすぐに帰ってくれた。
ストーカーみたいに家に来ることなんて1度もない。
「ねぇ月冴」
「ん?」
「月冴は結婚したいとかないの?」
「いい女いねぇからなぁ」
「組の後継者とか考えないの?」
「別に優秀な奴いたら血なんて関係ないだろ」
「ふーん」
学生の頃は彼女とかいた気がするけど、月冴は組に入ってからそういう存在を聞いたことがない。
「何、好きなやつでもいんの?」
私が聞いたせいでそんな事を聞かれたけど、
「居ない」
と言えば、「なんだよ」と月冴は残念そうな顔をしてた。
私はこれから先、人を好きになることはないと思う───…。
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