第16話 喧嘩
予想通り、エネアは相当渋ったようだが王族に逆らえるはずもなく、最終的にはエネアと俺、レイとルディウスは四人で王都へ向かうこととなった。
エネアの留守の間は、スザンヌとドナが屋敷を守る。
「リナルドは王都へ行くのは初めてなのか?」
「そうですね
リナは子どもの頃から屋敷の外へはあまり出たことがありませんから
こんなタイミングでなければ、あちこち連れて行ってやりたいのですがね」
レイの俺への質問に、エネアが答える。
今、夕食が載ったテーブルを挟んで会話をしているのは、エネアとレイの二人だけだ。ルディウスは黙って黙々と食事を口へ運んでいる。
移動はエネアと俺が乗る馬車、レイとルディウスが乗る馬車の二台で隊列を組んでいる。
食事処や宿では四人で顔を合わせるのだが、そこでエネアは俺がレイたちに関わるのを完全に
当然と言えば当然だ。エネアは俺とレイが酒場で遭遇し、そこから関わりを持っているなんて知らない。一介の使用人が王族と言葉を交わすなど、常識的に考えられないだろう。
そもそも、食卓を一緒に囲むこと自体異例のはずだ。
レイがエネアの返答を耳に入れながらも、「なんでお前が答えない」という目でこちらを見つめてくる。
俺は「エネア様の前で、んなことできませんよ」の目で微笑んだ。
「では、隣の部屋に控えていますから、何かありましたらお声掛けくださいね」
エネアの
宿は四人それぞれ別の部屋を取っている。王都までの道中、田舎のフェデラー家からはそれほど大きな宿屋はない。そのため、使用人用の小部屋がついた広い客室などはなく、俺やルディウスは主人の隣に部屋を取るほかなかった。
「……リナルド、ここで一緒に寝ないか?
こちらの部屋のほうが広いし……何かあればすぐに対応できる」
きゅるん、とした上目遣いでエネアがこちらを見つめる。……この道中、何度目かのやり取りだ。
このエネア兄様は、いつまでも俺を10歳の子どもだと思ってるんじゃなかろうか。
「エネア様、αとΩが同じ部屋で一夜を過ごすなど、どんな
お父上の事件があり、ただでなくともエネア様は難しいお立場だ。
今後、エネア様は男爵家に相応しい相手と結婚する必要もある。
私と同じ部屋で寝るなどと、冗談でも仰らないでください」
「……リナルド……」
尚もうるうるとした瞳で見つめてくるエネアに、「おやすみなさい」と微笑みを返して部屋を出た。
廊下に出て扉を閉じると、声をかけられる。
「よぉ、リナルド
坊っちゃんのお世話は大変そうだな?」
「レイ殿下!」
レイに誘われ、星空の見える宿の裏庭のベンチに腰掛ける。少し離れた場所に、護衛として立つルディウスの背中が見える。
「ルクセン伯爵の夜会は、主にエネアが結んだ流通網に関わる貴族たちが多く招待されているらしい
十分に気をつけろよ」
「! 調べたんですか?」
≪陽炎隊≫の調査はもう終わったはずだ。
それなのに、なぜ屋敷での滞在も長引かせることにしたのか、なぜ王都への道のりを同行することにしたのか……
それは……
「……≪陽炎隊≫の任務は、まだ続いているのですね?」
睨むようにして隣に座るレイの緋色の瞳を覗き込む。
レイは面白そうに笑みを浮かべて、こちらを見下ろすだけだ。
「……トマス様が捕まった今、貴方達が調べているのは何ですか?
まさか、エネア様を疑ってるんじゃないでしょうね?!」
「は、随分とお前はエネア兄様に入れ込んでいるようだな?」
レイの笑みが深まり、今度はレイが俺の瞳を覗き込むように顔を近づける。
「考えてみろ
トマスは商売の才もなく、助けてくれる人脈もなく、事業の失敗続きで家を傾けてきた男だぞ?
そんな男が、人身売買なんて大がかりなことを、本当に一人でできたと思うか?」
頭を鈍器で殴られたような衝撃を受ける。
レイが言う話はもっともだ。
だけど、
でも
ベンチの座面に置いた手を、硬く握る。
「……エネア兄様は、
そんな人じゃない」
──小さな俺の手を引いてくれた手、絵本を読んでくれた優しい声。
血溜まりの中の俺を、救ってくれたエネア。
俺は、そんな彼を信じたい。
レイの緋色の瞳を強く睨み返す。
「……そうか
だが、お前の私見は聞いていない
俺は夜会の招待は受けていない
自分の身は自分で守れよ」
レイは俺を覗き込んでいた視線を空へ向け、ベンチの背もたれに体を預けた。
レイと俺との間に、夜の冷たい風が吹き抜ける。
「……失礼します」
一人、立ち上がって宿へと帰る。
もう、レイを振り返りはしなかった。
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