第17話 夜会

「いつの間にこんなもの作っていたんですか?!」


 王都に到着し、夜会が今夜に迫った今、エネアが取った宿の一室で、俺は日雇いの手伝い達に囲まれている。

 

 俺の身体には、淡い水色のロングドレスが着せられている。腰までは体のラインに沿うようにぴったりと縫製ほうせいがされ、足元は幾重にも重ねられた薄い絹が床に向けて緩やかに広がるようになっている。

 生地の表面には銀糸で細やかな植物の模様が刺繍され、所々に輝く宝石が縫い付けられているように見える。

 ……いくつものドレスを酒場で着てきたが、こんな高そうなドレスは初めてだ。


「……なんで採寸してもないのに、僕の体にぴったりなんだ……」

「ふふふ、見ていればサイズくらいわかるよ」


 驚きを隠せない俺に、エネアが微笑みながら答える。

 ……そういうものなのか??

 αの特殊能力なのだろうか。わからん。


「リナルド、とてもきれいだ

 ずっと、きちんとした服をプレゼントしたいと思ってた」

「エネア様も素敵ですよ

 水色、おそろいですね」


 エネアもこのドレスと同じ生地を使った正装に身を包んでいる。銀糸の刺繍もお揃いだ。

 

「さぁ、最後の仕上げだね

 ……あれを」


 エネアが手伝いの女性が持ってきた四角い箱を受け取る。

 中から取り出されたのは……


「……ネックレス?」

「いや、首輪だよ

 ドレスに合わせてあつらえたんだ

 美しいだろ?」


 エネアが両手に持つ首輪は、白い革に銀色の繊細なチェーンがレースのようにあしらわれ、中央に大きな水色のトパーズが煌めいている。


「……エネア様……、こんなドレスや宝飾品……一体いくらかけたんですか……

 この夜会のために……」

「……だって、リナ、今晩は君の誕生日じゃないか

 初めて両親に何を言われるでもなく、全力で君を祝えるんだ。

 少しくらい私の好きにさせておくれ」


 エネアが珍しく唇を尖らせて拗ねたような表情を見せる。

 そんなことを言われたら、もう何も言えない。


「……わかりました。

 ありがたく受け取らせていただきます。

 でももう、これきりですからね!

 他には何も受け取りませんよ」

「……寂しいことを言う。

 リナはもっと私に我儘わがままを言うべきだ」


 そう言いながら、エネアは白い首輪の留め具を外す。

 俺はふ、と笑いながら、自分の首に巻かれている黒革の首輪を外す。

 首輪は背面、うなじの辺りに鍵がついている。一つの首輪に、一つの鍵。Ωは必ずこの鍵を誰にも見つからない場所に隠して管理する。

 決して、意にそぐわない相手に首輪を外されないように。


「あぁ、……本当に美しい……」


 新しい首輪を装着し、ぐるりとエネアの前で一回転させられる。

 エネアはこの姿を気に入ったようだ。


「朝から、手伝いの皆さんに磨き上げてもらった甲斐がありましたね」

「君はそのままで十分美しいけどね

 さらに美しくなった


 はい、首輪の鍵だ

 決して、誰にも渡してはいけないよ」

「はい、ありがとうございます」


 エネアから小さな鍵を受け取る。

 俺はいつも首輪の小さな鍵を、耳の後ろに編み込んでピンで固定して隠す。

 今日は手伝いの人が髪を編み込んでアップにしてくれているから、ここに潜り込ませれば問題ないだろう。


 手伝いの女性たちに礼を言うエネアを見つめる。

 ……レイが言っていたことは、筋が通っている。でも、エネアが一体何のためにそんなことをするというのだ。


 あの強欲な両親から生まれたとは思えないほど、エネアは清廉な人間だ。

 あんな恐ろしい犯罪を犯すはずがない。


「……リナ、そんなに見つめられては、照れてしまうよ」

「え?!

 あ、 申し訳ありません!」

「ふふ、じゃあ、そろそろ行こうか」


 エネアが白の手袋に包まれた手を差し出す。「はい」と微笑みを載せて、俺はその手を取った。






 王都の伯爵の屋敷は、想像以上の豪華さだ。

 遥か頭上にある天井からは、無数の輝くクリスタルがあしらわれたシャンデリアがいくつも吊り下がり、まるで会場は真昼のような明るさだ。

 集まった紳士淑女の色とりどりの装いも、華やかにこの空間を彩っている。


 そんな中で、会場内の視線を一身に集めているのは、エネアだ。

 身内の欲目かと思っていたが、やはりこの目は正しかったらしい。αならではの恵まれた長身に、天使のような柔らかで整った顔立ち。

 遠巻きだが、扇越しに顔を赤らめた令嬢たちがエネアを見つめている。


「……やっぱり、僕は居ないほうが良かったのでは……」

「リナ、何を言ってるんだ

 君が居てくれなきゃ、僕はエントランスの前で気を失っているよ」


 はは、と二人して笑う。

 少し肩の力を抜いたところで、エネアと挨拶まわりを進める。

 今日はエネアの男爵代理としての顔見せと、トマスの貴族裁判での後援を見つけるという目的がある。

 エネアの横について立っているだけで申し訳ないが、初対面で悪い印象を与えないように微笑みを浮かべて立っておく。


「これはこれは、エネア殿、ついに男爵を継いだのですね!」

「ルクセン伯爵、今宵はご招待いただきありがとうございます

 まだ、男爵代理の身です

 父の裁判が終わるまでは……」


 ルクセン伯爵、今宵の夜会の主催者だ。きっと彼もαなのだろう。

 壮年でありながら伸びた背筋に、白髪が混じった髪を後ろに撫で付けた姿は、円熟した紳士的な色香をまとっている。


「そうですな……

 父君の件は、誠に残念であった

 私もエネア殿に必ず協力しよう

 今後も、是非とも有意義な付き合いをさせてくれ」

「ルクセン伯爵、そう言っていただけると、とても心強い

 今後とも、どうぞよろしくお願いいたします」

「それはそうと……

 エネア殿、このような美しい宝石を、一体どこに隠していたのだ

 早く紹介してくれないか」


 ルクセン伯爵の視線が、俺の方へと向けられる。

 姿勢を正し、エネアから教わった礼をとる。


「ルクセン伯爵、こちらは私の家族になるリナルドです。

 幼い頃から共に過ごして参りました」


 ……家族になる……、まぁ、血が繋がっているから、誤りではないのだが、この場では誤解を与えそうな紹介だと思う。

 しかしながら、この場でそんなことを言い直すことなど不要だろう。夜会に参加するのは今夜が最後のはずだ。


「リナルドと申します。

 どうぞ、エネア様のことをよろしくお願い申し上げます」

「ほお、見れば見るほど魅力的な方だ

 エネア殿、決して手放してはなりませんよ!」

「ふふ、そのつもりです」

「では、ゆっくり楽しんでください

 美味しいお酒もたくさん用意していますよ」


 そうして、ルクセン伯爵はにこやかに去って行った。

 はぁ、と大きく息を吐く。

 まだ心臓がバクバクしている。


「リナルド、ありがとう

 お影でルクセン伯爵との挨拶は無事に終わったよ」

「あんな感じで大丈夫でしたか?

 緊張で頭が真っ白になってしまいました」

「あはは、リナは完璧だったよ

 あと何人か挨拶をしたら、一緒に食事を取りに行こう

 今日からリナはお酒も飲めるんだよ」

「! そうでした

 僕もう、呑めるんですね」

「ふふ、楽しみだね」


 思わず、一緒になって笑ってしまう。エネアがこのところ見たことないほどにはしゃいでいるのだ。

 トマスのことがあって張り詰めていた気持ちが、少しでも楽になったなら良かった。






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